ハナノメ

 鼻の穴がムズムズする。花粉症のような、少し違うような。3日前に芽生えた違和感は加速するばかりだ。自転車を漕いでいるときに羽虫が目に飛び込んできた、学生時代のあの記憶に似ている。

 どうしたものだろう。この鼻の中に、小人でも住んでいるのだろうか。3日前私の鼻の中に移住するに至ったのならそれには、のっぴきならない理由があるのかもしれない。何があったの?と声に出してみたけれど、私たちの言葉が通じる保証はない。だからなのか、架空の小人は応答しなかった。もしかしたら、小人が住み着いたのではなく、今まで当たり前にいた小人たちが出ていってしまったことがムズムズの所以なのかもしれない。そうも思った。

 これから私の鼻は形を変えるのかもしれない。それは美容整形のような規模であるのかもしれないし、消えてなくなってしまうのかもしれないし、また、目や口のような何かになってしまうのかもしれない。新たな感覚を司る器官が、この顔の中央に据えられるのかもしれない。そうであるなら、変化の過程に痛みがないことを祈る。そしてマスクで隠せば誤魔化せるような、他人に馬鹿にされないものであってほしい。その変化が私だけのものならば、この身をどこかの研究機関に売って稼ぐのもアリかもしれない。

 布団の中で、そんなことを考えていた。いつの間にか寝ていたらしい私は、夜中に尿意で目を覚ました。トイレを済ませるとまた、鼻がムズムズし始めた。鼻毛が1本出ているような、どこか違うような、そんな感覚があった。スマホのインカメで、自分の顔をパシャリ。撮ってから鼻の辺りを拡大する。確認するとそこには、小さな小さな、芽が生えていた。

 このまま鼻が花になったなら、あの日見た一面の花畑はいつの日かお鼻畑になるのかもしれない。あの日途方のない量の花におぞましさを感じた私は、その生まれ変わった畑を美しく思うだろうか。あの日途方のない量の花を愛で続けていた彼女の鼻も、その可憐な花に変わるのかもしれない。もしそうなったなら彼女は、かつて自らの鼻をコンプレックスだと感じていたことさえ忘れ、その生まれ変わった鼻を愛で続けていられるのかもしれない。いや、きっと彼女は、変化した鼻も花も受け容れられないことだろう。そうなったならば私は彼女を、鼻で笑ってあげようと思う。

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