かさねごと

 声を重ねること。それが私たちにとっての、愛し合うということだった。子どもの頃、まだ声変わりのずっと前の君と歌ったときも、大人になって肌を合わせたときも、私たちは声を重ねて、愛し合っていると実感した。

 それなのに、君が知らない女の人と微笑み合っているところを見てしまった。いつも通りに私に触れる君に、あの人とも重ねたの?と聞くと、困った顔をして鼻を掻く。あの人とも、重ねたの?声を。そう聞くと、君はきょとんとして、声?と、私に言った。

 声を重ねることが、私たちにとっての、愛し合うということ。ずっと、信じてやまなかった。私にとっての全てだった。それなのに、君はまるで、それを知らないみたいだった。私たちにとって何よりも大切なそれを、君はわからないと言った。

 愛していたのに。私がそう言うと、君は、僕だって愛してるさ。と言う。私たちの声はすれ違う。私の心は、雑音に蝕まれていく。
君はもう、君じゃない。私がそう言うと、君はまた、困った顔だけをしてしまう。私の顔を覗き込んで、バツの悪そうな見た目ばかりして。君はもう私に触れない。私だってもう、君に触れない。

 あんなに愛し合った仲なのに。隣にいたってもう私たちは完全なる他人で、好きだった声も、今ではもうただの音。

 君と幸せになりたかったけど、それが無理でも、私は幸せになりたいし、君は不幸になればいい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?