鬼没

 豆を投げた。投げた豆はどこへも行かずにただそこに落ちていた。誰かのところへ行くこともなく私のもとへ帰ってくる訳でもない豆。目を遣って、昔のことを思い出した。節分のときに出てくる鬼が私は怖かった。普段、食べ物で遊んじゃダメと言っているおばあちゃんが、玄関で豆を投げていた。鬼に投げているんだよと言っていた。おばあちゃんの常識を変えてしまう鬼が、私は怖くて仕方がなかった。

 鬼なんかより、人間のほうが怖いよ。そうお姉ちゃんは言っていた。私、怖い?そう聞くと、ううん、怖くないよ。とお姉ちゃんは言った。お姉ちゃんは私よりもオトナだったから、私にはお姉ちゃんの言っていることの意味がよくわからなかった。私が怖いと思っている鬼を、怖くないと言うお姉ちゃんは、優しいのに怖いなと思った。

 お母さんの部屋では、いつも変わった音楽が流れていた。どこの国の、いつの時代のものなのかわからない、そんな音楽が流れていた。お母さんは、これはレゲエの神様の曲なのよ。と言っていた。神様と鬼はどっちが強いの?と私が聞くと、お母さんは、困った顔をした。だから、ごめんね。と言うと、お母さんはもっと困った顔をした。私たちはよくわからない音楽に包まれて、二人で困った顔をした。

 豆を、さっき投げた豆をじっと、今私は見つめている。この豆を念で動かせたなら、私は楽をして暮らしていけるかもしれない。そう思って、またすぐにバカバカしいと思った。豆が、私を見ている気がした。

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