その実

 興味深い話を聞いた。たったのさっきそう思ったけど、どうやら夢の中の私と鏡に映る自分は別人のようで、もう、何に私が興味をもったのかは思い出せない。鏡の中の私はとてもよく笑うから、無愛想ねと近所のおばさんに言われた自分とは、違う世界に住んでいるのかもしれない。

いとこ以下の親戚をとりあえずはとこと呼んでいた同級生のことは思い出せるのになと舌打ちをしながら、トースターで食パンを焼く。じっと見ていると、徐々に色が変化していくのが好きだ。少し焼き目がついたところで裏返す。パンの焼ける匂いが鼻を抜ける。一度は高温で焼かれたはずのパンを私はまたこうして時間を費やしてまで焼いている。そう考えると妙な征服感があり、とても強くなったような、そんな感じがした。

いただきます。一人の部屋で声に出す。召し上がれ。が、どこからか聞こえた。あなたは誰?なんでウチにいるの?聞いたって返事はない。返事がないことは知っていても、聞かずにはいられない、性分なのだ。 こうやって、私は自分や目に見えない誰かに話しかける。だから、子どもの頃から変だって言われてきた。だけど、私から見て変なのは私以外の人たちだったから、私は自分が変でも別にいいやと思った。

 今日は何して遊ぼう?そうね、ゲームかしら?映画をみるのもいいかもね。そうやって話しているとふと思い出した。思い出せない誰かから言われた、あなたは病気なのよという言葉を思い出した。どうやら私は病気らしい。非常に興味深い。病気である前にずっと私は私であるはずなのに、私はいつの日からか病気になったらしい。それならそれまでの私はどこにいなくなったのだろう。あなたはずっと病気だったのよ。そう言われた。ずっと私のままの私に病気という値札を貼って満足?売れなくてセールに出して売れなくて最後は焼かれるのか。それなら毎朝焼く食パンみたいに、せめておいしそうな焦げ目でもつけてくれるといいな。

私は病気。私は病気なの。私は病気なの?そうだよ。辛かったね苦しいねって言われたけど、私は自分のことを私としか思えないから、辛くも悲しくもない。そんな私を同情の目で見ることに快楽を見出している他人のほうが、私から見たら可哀想だけど。そう言うと腹いせにお薬、増やされて前みたいにふらふらになって死にそうになるんだろうな。

大嫌い。好き。大好き。でも嫌い。大嫌い?好き?返事がないのはわかっている。返事がないから、声に出せるんだ。言葉が返ってくるのは怖い。他者からの善意も悪意も私にとっては異物だから、うっ、となる。本当とか嘘とか、根拠とか自信とか、全部曖昧なままの何がいけないの?あなたたちだって、別に自ら証明したわけではないのにさ。お薬を飲む。私は安心して眠る。夢の中の私は、元気に歌をうたっている。また起きることを知っているのに、私はまだ夢を見ている。

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