私の最愛のお相手

 思えばこれまで、沢山の他人に傷つけられてきた。国語の授業で詩を書いた時、私にポエマーというあだ名をつけた初恋の男の子、初めて付き合った男、流れで関係を持つことになった当時の女友達。理不尽な上司にも、嫌いな親戚にも。私はこれまで、悪意のある大人にも純粋な子どもにも、何度も傷つけられてきた。そしてきっと私も、数えきれないほどの誰かを傷つけてきた。

 命は不毛だ。だから良い。恋愛はもっと不毛だ。だから良い。ずっとそう思っていた。傷つけられても傷つけても後戻りはできなくて、それなのに時間は全てを解決してしまう。そういうところも好きだった。

「ねぇ、美香。あんたの今の男、どんな人?今度会わせてよ」友人の麻理子にそう言われた。
「とっても素敵な人」そう答えると彼女は羨ましがっていた。
それなのにいつからか、私が彼の話をすると、「ねぇ、大丈夫なの?今の彼。やっぱりやめといたほうがいいんじゃない?」と言うようになった。

 彼と付き合い始めて数か月たった頃には、麻理子とはすっかり疎遠になっていた。私のことが心配だと言ってきて居心地が悪かったし、私は何より、家での彼との二人きりの時間を優先したかった。彼のことを愛している。彼のことだけを愛している。彼だって、いつも私のことだけが好きだ。
人並みかそれ以上の恋愛経験はあったけれど、こんな気持ちになったのは初めてだった。恋人ができても、数少ない友人との関係は大切にしてきたし、独占欲が強いことも、束縛を好むこともなかった。一緒に棲みたいと思っていても、いざ同棲を始めると、相手が家を空ける時間を待ち望んでいたし、恋や愛とはそれくらいのものなのだと認識していた。

「美香はさ、彼にいいように利用されているんだよ。ほら、体の相性が良いとかさ。だって、今まで恋人紹介してくれてたあんたが、話だけで全然会わせてくれないし。それなのになんかどっぷりって感じだし。」
美咲も彼のことを、そんな風に言った。

彼は私を救ってくれた。私の傷を癒してくれた。それなのに、周りは彼のことを悪く言った。いつか冷静になればわかるとか、自分は冷静で私はそうじゃないみたいに言った。わかってもらえなくてもいい。SNSの惚気アカウントにも変なメッセージが沢山届いた。だけどどれだけ傷つけられても、私には彼がいてくれる。

 好きだと言って、ぎゅっと抱きしめる。私の綺麗も汚いも、醜いも美しいも、いつだって全部受け容れてくれる。彼は私を嫌わない。私の情欲も殺意も、全て、受け容れてくれる。彼には私の痕が沢山付いている。咬み痕、爪痕、殺意の痕、性の痕。私達が繋がった証。消えずに残る愛の証拠。

 彼と愛し合っていた。夢中に彼を貪っていた。目を開けると、私を股から出した女が、情けない顔で泣いていた。どうして、どうして、って。どうして?
「美香、いつからあなたはそんな」
そんな?そんな、何と言いたいのだろう。
彼と私の写真を見て、画面の向こうの他人は異常だといった。異常。私は、異常。それってまるで、あなた方が必ずしも正常であるみたいだね。私と彼は、誰にも何の迷惑もかけてはいない。それなのに、異常。あなた方のお付き合いや恋や愛こそが正常で、私は異常。あなた方に理解ができないから。ああ、そうですか。
私を股から出した女はそんなの続きも言わず、ただ下を向いて二人の愛の巣から逃げた。

 生産性がないから悪なのか。世間の常識から外れているから気持ち悪いのか。知らない世界だから受け入れられないのか。私の愛が間違っているのは、世界の愛が正しいせいだ。つまり私にとっては、いつだって二人の関係は正しいままだ。何がいけない?

 いつだって私を待っていてくれて、全身で全てを受け容れてくれる。あなたが大好き。私の愛の痕が残る。そこに痛々しく残る。いつまでも過去になってくれずに、私の注いだ愛が残る。あなたが大好き。ただそれだけよ。

 「これから先もきっともっと、愛して汚してあげますからね。ねぇ大好きよ?私の特別で格別なラブドール」

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