それ

 のど飴を舐めた。甘かった。それなのに苦かった。杏仁味と書かれたそれは、私の知らない誰かの匂いだった。懐かしいけれど知らない匂いだった。その誰かは、私に言った。強く生きろと言った。泣いてもいいと言った。笑ってもいいと言った。生きていてもいいとも言った。誰かの匂いは、私に妙に親しげに語りかける。だけれど誰かは誰かのままだ。匂いは匂いのままだ。屁理屈と理屈の違いも、理由と言い訳の違いも、わからないままでも大丈夫なのかと、私はその匂いに聞いた。聞いたけれど、匂いは、匂いとしてしか残ることはないのだった。だけども甘い匂いだ。とても甘い匂いだ。甘い匂いはきっと本当は誰かの体温で、私はその温度を確かめてみたかった。それだけだった。

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