ひとつ屋根の下心
「なんかさぁ俺、分かっちゃったんだよね」
彼はパンツ穿きながら、食パンを焼く私に話しかける。
「何が?」
「なんつーか、ほぼ全て?」
何を言い始めたのかと思ったら、そんなことを言う。私の気持ちさえ分かっていない癖に。
「そう、凄いね?」
「だろ?ってかさ、本当に凄いと思ってる?」
「えっ、まぁだって急に、全部わかったとか言われても」
両面にバランスよく焦げ目をつけたトーストを皿に移し、冷蔵庫を開けて聞く。
「ねぇ、何塗るの?」
「んー?全部かな」
「そう」
冷蔵庫からバターとピーナッツクリーム、イチゴジャムを取り出す。バターを一面に塗って、ピーナッツクリームとイチゴジャムをその上に反面ずつ塗る。
「はい」
まだ温かいトーストの乗った皿と、氷を一つだけ入れたオレンジジュースを渡す。
「ありがとう」
そう言って受け取った瞬間に、彼はトーストを齧っている。どうして彼の隣にいるのだろう。私はいつも思う。バターとピーナッツクリームとイチゴジャム。その3つと、世の中の全てを同じくらいに捉えているような男と、どうして少しバカを装ってまで一緒にいてしまうのだろう。彼が隣にいる理由は、彼の分かっているたった3つくらいのことに該当しているのだろうか。
「ねぇ、それじゃあさ」
私が聞くと、もう半分になったトーストを食べながら、不思議そうにこちらを見る。
「さっき、言ってたでしょ。全部分かったって」
「ああ、そう、言ったね」
ついさっき自分の言ったことをもう忘れかけているような男。
「分かる?」
「えっ、何が?」
「だから、その、何かが」
「分かるわけないじゃん?」
「だよね」
私はトースターから、焦げて黒くなった自分の食パンを取り出す。表面を削りながら、そのカスが何かに似ているなと思う。だけどそれが何なのかは分からなくていい。その上に、ケチャップとマヨネーズをかける。
「綺麗」
瞼の中で揺れるオーロラに思わず呟いた。瞬間に、彼の声がする。
「俺も結構、立花玲香好き」
テレビ画面に映るお天気お姉さんの胸元を見ながら言うなんて、本当に能天気だこと。
「ねぇ、夕方雨降るって!折り畳み傘、持って行きなよ」
そう言って彼はバタバタと朝の支度を始める。どうせ、傘なんて忘れて行くんだろうなぁ。そう思って少し笑って、彼の鞄に折り畳み傘を入れる。
「私、こないだ買った傘持って行くから!折り畳み傘入れとくね」
「あーーー、おーーーー!」
うがいで返事なんてしたら、他の女には嫌われちゃうよ。呟いた声は、彼の吐いたぬるま湯と共に洗面所の排水溝に吸い込まれた。きっといつか、よく分からない誰かに処理される、ちょっぴり可愛そうで同じくらい愛おしいあなた。それじゃあね。
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