恋とか愛とかの前に

(彼の憂い)
 いつも隣にいるのが当たり前だった君と離れがちになってもう何年も経ってしまった。二人の時間が心地よくて生を実感した。君の笑う顔をみているだけで笑顔になれた。それなのに、君を誰かに盗られてしまうと思ったあの日から、君をみてもう笑えなくなった。自分勝手に君から逃げてしまった。

 何度も君が泣いているのをみた。とても悲しい気持ちになった。僕は言わなければいけない。君が泣き止んでしまう前に、ちゃんと伝えなければならない。この感情の呼称が何であるかにかかわらず、顔をみて伝えたい。君を慕っているということを。これが恋であっても愛であってもそれ以外の何かであっても、二人の関係に偽りがない限りは続けられること、伝えて今までを謝りたい。

(彼女の鬱ぎ)
 多分彼は勘違いしている。私のことを初心だと信じているし、きっと自分のことを責めている。避けたのは私のほうなのに、そのことにさえ気が付いていない。私だって幼稚な彼のように、昔は二人で居られるだけでよかったの。でも段々とそうじゃなくなって、その理由も分かって、苦しくなって、嫌になった。いつの日からか私の心の中にはいつだって、恋とか愛とかの前に性欲がある。そんな自分を嫌いで、嫌いなことにも苛立った。でも嫌悪感も苛立ちも一向に治りそうにはないから、私は泣いた。

 何度も何度も意味もなく泣いた。誰に抱かれても埋まらない穴を涙で満たすみたいにいっぱい泣いて、泣いた分だけ空っぽになった。きっと叩くとマヌケな音がする。彼の勘違いと同じくらいマヌケな音。

 あーあ、慕っていたんだけどな。それなのに今では汗の味とか、骨の硬さとか、首の匂いとか、そんなことしか気にならないの。嗅ぎたいとか舐めたいとか触りたいとか、いつの日からかそんなことばっかり。だけどこんな私なんかに、彼を汚させたくはない。

ごめんね、もう二度と会いたくない。本当は嫌われたくないだけ、だけど、うんいやだから、あなたのことなんていつも大嫌い。


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