なんてことない喪失

 バザールでござーるの対義語を考えているうちに一年が経っていた。この一年で世間は目まぐるしく変わったようだった。僕が会社に辞表を出したのが、もう一年も前のことらしい。それなのに他人事なのは、全然その実感がないからだ。ただ一時間くらい下らないことを考えていただけ。それだけだった。僕にとってはそれだけだったのに一年が経ったとは、一体どういうことなのだろう。

 一年分の家賃や光熱費程度の預金はあったと思う。僕がまだ同じ家にいるということは、家賃は引き落とされているということだろう。髭もさほどは伸びていないし、腹の減り方も普通だ。テレビやスマホをみて僕は今日の日付けを知ったが、何かドッキリにでも巻き込まれているのだとしか思えなかった。返信くらいしなさいよと家族からメッセージが届いていたり、それくらいのことしか僕の人生には起きないのだ。僕が起きていなくても、誰も困らないのだ。そう思った。令和という元号にやっと慣れてきた頃だったが、世界はウイルスに毒されてしまったようである。得体の知れないウイルスで、僕がライブの半年前に取っていたイギリスのバンドのツアーも中止になったようで、丁度良かったなとか、今更払い戻しに間に合わないじゃないかとか、そんなことを考えた。

 僕は一年を無駄にしてしまった、のだろうか。未だに僕はバザールでござーるの対義語がわからないままで、なんだか笑えてきた時に、母の電話が僕を呼んだ。

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