今世紀最大の屈辱は君の笑顔でした。

    君と出会ったのは高校生の時だった。あの頃の君にはまだあどけなさが残っていて、子どもっぽい笑顔が誰よりも可愛かった。君を好きになるのも時間の問題だと、そう思ってしまうくらい、君は可愛かった。実際、僕はいつの間にか、いや、初めて会った時にはきっと、君のことを好きになってしまっていた。だけど、君のことが好きだとは、ずっと言えずにいた。距離が近づけば近づくほど、僕は君を意識してしまっていたのに。
違う大学に入ってからも、たまに連絡を取って一緒に遊びに行っていた。ボウリング場でガターを連発した時の顔も、カラオケの採点で90点超が出て喜んでいたときの顔も、カメラロールの中よりもいつでも取り出せる、記憶の中にいつもいた。
 
 今日は、大事な話があるの。そう言って君に呼び出されたのは、僕が付き合っていた女の子に振られてから一週間後の、ある雨の日だった。一人で過ごす予定だった、26歳の誕生日だった。毎年君が僕に連絡をくれていた、僕の誕生日だった。
君に指定されたのは、あまり形式ばっていない、手頃なフレンチの店だった。前菜を食べ終えた君は、僕の目をじっと見つめていた。
「それで、話って?」
「ああ、うん、えっとね、私、結婚することになったんだ。」
僕は驚きつつも、それが顔に出ないように、笑顔を作って言った。
「おめでとう!祝福するよ。でもちゃんと、いい人いたんだね。」
「もう、失礼ね!でもまぁ、お相手とは、最近出会ったんだけど。」
「そうなのか。幸せになれよ。」
「そうね、言われなくても。」
君は笑顔で、僕のほうを見つめた。運ばれてきたスープを飲んで、冷めるわよ。と、僕に言った。僕はスープを飲みながら、確かに凄く冷たいスープだなと思った。湯気が上がっているのに、冷たいスープだなぁと思った。

    メインディッシュを食べた後、君は、僕に言った。
「あなたも、幸せになってね。」
そうして、僕に紙の袋を手渡した。
「お誕生日おめでとう。実は私、高校生の時、あなたのことが好きでした。」
そう言って、君は僕を見た。僕は泣いてしまいそうになった。
「ねね、開けてみてよ?」
開けるとそこには腕時計が入っていた。それに、高校生の頃に一緒に撮った写真と、プリクラと、修学旅行の時の僕の写真も入っていた。
「ほら、ね。」
そう言って、君は笑った。

    今世紀最大の屈辱は、君の笑顔でした。毎日願ってやまなかった、君のあの、笑顔でした。それは、君をちゃんと綺麗に愛してあげられなかった僕が、僕に与えた屈辱でした。思い出ばかりに花を咲かせて、君自身を見失っていた僕が、僕に突き立てた刃でした。

「ありがとう?」
そう言った時の僕の顔は、ちゃんと笑えていただろうか。君がいつか願ってくれたように、ちゃんと笑顔でいられたかなぁ。
「僕もあの頃、君が好きだった。」
僕がそう言うと少し驚いた後、ありがとうね、と、君は笑った。

    デザートがもう、すぐそこまで来ている。今日もまた深い夜が来る。

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