これくらいの

「ちょうどいいでしょ」
全然ちょうどよくなんてないお下がりのワンピースにも、いとこのお姉ちゃんのお下がりの大きすぎる制服にも、お母さんはいつもそう言った。

「ねぇ、あなたもそろそろいい頃合いなんじゃない?」
結婚という言葉を使わずしても、圧力というものはかけられる。彼女特有のちょうどいい言葉は、私をいとも簡単にやるせない気持ちにさせた。お前の好きにしたらいいと言っていた父も、彼女の前ではたじたじで、いつも無言の上下関係が成り立っている。
お母さんが平均寿命を迎えたときに、私が、ちょうどいい頃合いじゃない?なんて言ったらそれは親不孝で、それなのに子どもに人生を押し付けることは、今のデジタル化が進んだ世の中でも当たり前のことなのだった。

「子どもの頃にね、」
明美はそう言って、つい一週間前の話をするかのように、学生時代の気苦労を話し始める。
「もっとちゃんとした家に生まれたかったなぁ」
明美はため息をつきながら言う。いつもストローにべったりと付いていた口紅が、今日は外したマスクに半分以上吸い取られている。いつもより薄い口色の彼女は、なんだか戦闘力を失ったみたいで可愛いな。そう思っている間に、明美はセックスフレンドとの無駄な駆け引きについて語り始めた。ああ、いつも本当に明美は可愛いね、ちゃんとバカで。

「ねぇ、この人、斎藤さんっていうんだけど」
そう言ってお母さんは私にスマートフォンの画面を差し出す。
「ほら、ちょうどいいと思うの」
斎藤というつまらない苗字が私のつまらない名前にちょうどいいのだろうか。それとも、この、セックスのときにやたらと耳に息をかけてきそうな雰囲気が、私みたいな女にちょうどいいのだろうか。私にはよくわからない。
「もしあれだったら、会ってみたら?って思うんだけど」
適当に相槌を打つ私に、お母さんはちょうどいい解釈をしたようで、にこにこと頷いた。

「ねぇ、ちょうどいい人生って何なんだろう?」
SNSで肉の塊の写真を上げていた明美の投稿に、いいねを押してからコメントを送った。明美は、一分も経たず、私のコメントに返信した。
「ってか、最高じゃね?」
明美は、人の話をちゃんと聞かない。急に最高と言われても、私には、何が最高なのかちっともわからなかった。

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