あのね

 下を向いて歩いていると落ちていたから拾って帰ったの。ただそれだけ。ただそれだけの関係なのに、なんだかずっと気になってしまう。私の拾った「あのね」は、昨日も今日も「あのね」のままだ。どんな「あのね」にだってきっとその先がある。だから知りたいと思う。それなのに教えてくれなくて、むず痒くて、目で追ってしまう。

 私がこの「あのね」のその先になってあげたい。そんな健気なことを思ったのは、生まれてこの方初めてだった。結婚願望もなければ男に上手く媚びを売ることもできなかった私の人生の唯一の汚点であり、愛おしさだ。

 「君と向こう側に行きたいわ」私がそう言うと隣で「あのね」は目を細めて、眩しそうに私の顔を覗き込んで、ふんわりふわわと溶けてなくなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?