投じ者

「あー。ズレた。ねぇ、次の球でスペア出せたら、キスしてもいい?」

「えー?倒せたらね!」

さっきガターの後にキスをしていた癖に白々しく、横のレーンの男女はそう話している。横で黙々と球を投げている私のミスが、どんな致命傷になるのかもしらないで。キスだのなんだの話している。ああそうですか、という感じ。

「なぁ、ボウリングでストライクかスペア出し続けたらって言ったけど」

そう。確かにその条件は、男をボウリングデートに誘い、それなりに可愛いスコアを出すことに賭けてきた私が、彼に出したものなのだった。

「私、本気よ?」

球を見つめて、念入りに磨く。彼は私を見てため息をつく。

「うん、まぁ。っていうかボウリング、こんなに上手かったんだね」

横のレーンの2人は相変わらずで、女が男の頬にキスをして、無意味に照れた顔を見せていた。集中するために目を瞑る。私は、ピンが離れて2本残った状態で迎える2投目を、頭の中でシミュレーションしている。1投する前から、2投目のことを考えている。毎回、いや、普段から、ややこしい2投目のことばかりを考えている。私はそういう人間なのだ。

そしてまた、球を投げる。彼は後ろで気だるそうに私を見ていて、たまに横のレーンも見ている。横のレーンの女が、若しくは男が、彼の以前の恋人だったとしても、私がそれを知ることはきっとない。空間と人間関係には、そのような性質がある。

 この勝負に勝ちさえすれば。(きっと幸せになれる。)都合良く敵なんて存在してくれないのに、いつもそう思って、勝手に負けて、泣いていた。今日だってまたそうなるのかもしれない。

だけど、理由とか意味とか理屈とかじゃなくて、あなたの視線が欲しかったの。今、横のレーンの女の口元を見ている、その視線を私だけに注いで欲しかった。もっと、投げる以外の方法が、ちゃんとあったはずだけど。私には見つけられなかったから、最後の球を今から投げるね。

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