偏り

 気圧の変動で遥香の機嫌は面白いくらいに変わる。頭が重くて仕方がなくてもうどうしようもなくなると遥香は笑って、いつもよりずっと優しくなる。それが終わって体がすうっと軽くなった頃に、遥香は無気力になって、泣けない体になってしまったと悲しそうな顔をするのだった。止めどなく泣いて、頭が痛くなって、パウンドケーキを切った包丁を落として、下にあったスポーツドリンクのペットボトルに刺さった。そのとき、遥香は可笑しい程にはしゃいでいた。体は大切にしなよと言うと、どの口が言っているのとまた笑っていた。笑いながらにしてあんなに苦しそうで、どうにもしてあげられない状態だったのに、遥香はどこかでそれを望んでいる。痛みや苦しみに苛まれない今日を、面白みがないという曖昧な理由で嫌いたいようだ。

 あなたを大切に思っている、大事にしたい、でも本当は殺したいと、そう言っていた。大切に思っていると言うのは泣いているときで、殺したいと言うときの口角は上がっている。遥香に殺されるならそれもいいなと言うと、つまらないと言って、少し経つとまた泣いてしまう。あなたがいないと生きていけないと言って、泣く。だけど本当はそんなことはないのだと思う。遥香は誰かを巣窟にして、ながく、ながく、生きていくのだと思う。だからこそその住処に、なってあげたいと思っている。好きだからだよ、大嫌いだけどね。

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