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    その小説に出てきた女性は、どうしようもないくらいに女だった。彼女は社会的というよりは本能的な動物で、だけど決して雌ではない。女とはそういう生き物なのだ。寂しさを埋めるために穴を塞ぐ。それで何かが長けることはないと知っているのにだ。体が子どもを産みたがる。産みたくて産みたくて仕方がなくて、心とのギャップに、少しだけ困る。自分の嗅ぎ分けた男の遺伝子を残したいという感覚が、可笑しい程によくわかる。産みたいことに産みたい以上の理由はないのにだ。感情では、子どもを煩わしいと思っているのにだ。
私は作者の、いや、作中の女の気持ちが、気持ち悪いくらいによくわかった。それなのに私はあの女にはなれなくて、そういう自分が好きだけど、全てをコンプレックスだと思っている。何が起きようと起きまいとページを捲れば進むように、何が起きようと起きまいと、この世界の時間も進む。そうと知っているのに、そうと知っているから、私は彼女にはなれないのだ。幸せには幸せ以外の理由なんてない。幸せだから、幸せなのだ。彼女はそう言った。彼女はその時、どんな顔をしていたのだろう。多分、笑っていたのだと思う。如何にも物憂げな顔をして、それでいて笑っていたのだろう。私には声があるけど、彼女には声がないから。だから彼女はただ女を全うしてしまって、私は女を諦めてしまえたのだ。

    添い遂げた男を看取るような慎ましさが私にもあったのなら、きっと、彼女の衝動を否定してしまえたのだと思う。添い遂げるどころか殺してあげたいと思ってしまう私なんかに、求められてしまう作中の女も、好かれてしまう作者の女も、どうも不憫でままならない。ただ生きているだけで人は人を好んでしまう。私は他人を愛してしまう。愛に実体なんてないのに、愛しているとか好きだとか平気で思って、無常を嘆いて、キスをする。愛おしいという気持ちを伝えるためじゃなくて、隠すために、キスをした。ちゃんと伝わっただろうか、私の伝えたかったことが。私が隠したいと思ったことまでも、ちゃんと伝わっただろうか。鈍感なあなたに理解を求めるのは、共感を求めていないということなのだけど、そんなことも、鈍感なあなたにはきっとわからないのでしょうね。
作中のあの女の肌に触れたせいで、私の声は音も出さずに消えた。そう思うと楽になった。申し訳ないけど、彼女には私の心の罪を全て背負っていただきたいの。だってそうでもしてくれないと、ね。

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