内なる小さな私の叫び
先週末、秋分の日だったか、夫と喧嘩した。
原因は些細な事だった。
喧嘩と言っても言い合いをしたわけでもなく、ムッとすることがあって、その場を離れた。
その程度の「ムッ」なら、ちょっと離れていれば、気分は元に戻る。
いつもなら。
それが、一向に気持ちがおさまらずにいたら、何もなかったかのように、夫が台所にやってきて、普通に話し始めた。
我慢ができなくなって
「謝って欲しい!」
と言った。
その口調の強さに自分でびっくりした。
何を?
と夫。
そこから少し水掛け論になったが、
結局、私の説明で夫は自分の非を認め
「それはごめん」
と素直に謝ってくれ、仲直りをした。
それでも、私の心の中はざわめいていた。
そのあとも心の奥でざわざわした気持ちと泣いて叫びたい気持ちがあって、翌日になっても心はすっきりとは晴れなかった。
それは、夫に対してではないことは、わかっていた。
夫との喧嘩は、私の中の奥に眠っている感情が表に出るためのきっかけだった。
父が亡くなってから、インナーチャイルドを癒すタイミングが来ていることはわかっていた。
子供の頃から抱えてきた心の傷については、色んな学びを通して、20年近く前から自覚していた。
父が亡くなってから、昔の嫌な事を思い出さないわけではなかったけど、思い出しても父にも言い分があるのだろうという気持ちになっていた。
ところが、すっかり忘れていた昔の記憶が色々思い出されてくるにつれ、記憶の中の時系列を整理するように、色んな出来事を記憶の中で繰り返し再生するようになった。
あんなことがあったのに、あの、父にかわいがられていた記憶はそれより数年あとのことなんだ…
ということもわかってきた。
母に対して暴力的な父を見た最大の衝撃的な出来事は6歳の頃だったと思う。
6歳〜7歳頃の私は、あらゆる事件を起こしていた。
事件と言っても、もちろん犯罪になるようなものではないけど、いたずらにしては悪質というか、そんな6歳の子を見たら、かなり心配になるし、心のケアが必要だと思うようなことをたくさんしでかした。
いたずら以外にも心の不安定さは、あらゆる場面で出ていた。
きっと必死でSOSを出していたのだと思う。
そんな子供の頃のことも思い出し、一方で、
30年会っていなかった父と最後に会ったのは私の結婚式の時で、
その頃が一番、父を避けていた時だったことも思い出した。
私が結婚する前の年に兄は結婚したのだけど、結婚式の準備をしていた時期にも、父が家に現れて激怒したことがあったし、(その場面でも兄は不在)結婚式当日も周りに兄や兄の奥さんの友だちがいる中でキレたのだった。(その場面にも兄は不在。父がキレる場面ではいつも兄は不在)
私の時にこんなことになったら耐えられない。
私の結婚には、一切関わらないで欲しい
そう思った。
翌年に私も結婚することになった時には、夫や夫の両親と引き合わせることはしたし、結婚式にも出てもらったけど、結婚に関する費用、ホテルでの結婚式、披露宴、婚礼家具(昔ながらの・苦笑)新婚旅行など、すべて私が働いて貯めたお金で準備した。
もちろん半分は夫側が出したし、母は自分の楽しみとして、私の嫁入り道具的なものを買ったりした。
父が一円もお金を出さなかったら、大きな顔をして威張ることもないだろうし、母ともめたり、キレることも起こらないだろうと思ったのだった。
結婚式の当日、ただ座っていてくれればいいと思った。
結局、結婚式の前日に父から連絡があり、会社に呼ばれ、お金を渡されたのだけど。
いらない、と言っても持っておけと言われたのだった。
結婚準備で貯金がなくなってしまっていたから、今思えばありがたい金額だったけど、
私はその半分を母にあげた。
母は「これからお金が色々いるだろうから持っておきなさい」
とは言わず、太っ腹に私がお金をあげることにも驚きもしなかった。
「みゆの訪問着のローンも残ってるし、これで払えるわ」とすんなり受け取って、ATMから入金したのだった。
心のどこかで、そんな母にものすごく驚いてる私がいた。
そんなことも思い出していた頃
ついに、私の内なる小さな私が叫んだのだった。
謝って欲しい!
と。
夫に言ったその言葉は、
私の中の小さな私
インナーチャイルドの声だった。
長くなったのでつづきはまた次に。
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