綾瀬さんと真谷くん3 「デートをしよう」

綾瀬さんと付き合ってはや一週間。この間特に何も起きず、昼休みに話したり、たまに一緒に帰ったりするくらいで、至って普通で日常的なことしかしていない。
 そろそろ、デートがしたい。というわけで、本を読み漁り、デートに誘う時などの作法を一通り調査した。初デートは無難に遊園地が良さそうだということと、誘い方しかわからなかったが、まぁ収穫はあったということでよしとする。
知識だけ増やしても仕方がない。ちゃんと誘わないと。えっと、まず予定を聞くんだったな。
「綾瀬さん、今度の週末って空いてるかな」
まぁ空いてなくたっていい。時間はたっぷりある。
「……空いて……ますよ? 何かありましたか?」
「いや、さ。遊園地行かない?」
デートしたいと思って、はすんでのところで飲み込んだ。
「そ、それは、デート、ですか?」
澄んだ色の大きい瞳が僕を上目遣いで見てくる。うん。麗しい。けど、行きたくないってことなのかな……なんか不安げに見える。
「そう、だよ?」
綾瀬さんに嘘をつくなんてできないよ……性急すぎたかなぁ……
「あの、嬉しいんですけど、でもいいんですか? チケットとかどうしましょう」
なんだそんなことか。それくらいの課題はクリアしているに決まっている。
「あぁ、それなら心配ないよ、兄ちゃんが抽選で当てたのをくれたんだ」
兄ちゃん、恋人と行く気満々で「四人分」チケットが当たるやつに応募してたんだよね……そして当たっちゃったと。で、二枚はいらないから僕にくれたわけだ。どうしたものかと思っていたけど、今となっては兄ちゃんにダブルデートする友達がいなかったことに感謝だ。
「あら、そんなのいいんですか?」
「いいに決まってるよ。二人で行きたいのに四人分のチケットが当たって、僕に二枚くれたんだ。その時はまだ付き合ってなかったからさ、どうしたものかと思ってたけど、せっかくだし、一緒にどうかな」
これでダメだったら面子とかかなぐり捨てて泣くよ僕。
「それだったら……お願いします」
土曜日、朝10時に集合する約束を取り付けることができた。
当日。楽しみすぎて9時半だというのに集合場所に着いてしまった。どんな格好してくるかなぁ綾瀬さん……
集合時間5分前に綾瀬さんの姿が現れた。スキニージーンズに大きいロゴマークの入ったTシャツ。ラフなのにかっこいい……ん? 僕となんとなく似てるな。ちゃんとカップルっぽく見えそうで安心した。
「ごめん! 待たせちゃった?」
待ってはない。どんな格好してくるかの予想であっという間に時間は過ぎてたし。
「全然。さ、行こうか」
いかなる場面でもスマートにエスコートすべし、って兄ちゃんには言い含められたしね。す、と手を出して。ちょっとお姫様扱いしてみる。
「は、はい……」
真っ赤になりながらも僕の手に自分の手を重ねる綾瀬さん。つくづくこの人は素晴らしい。僕には多少不釣り合いだ。
「最初は何に乗る?」
手を繋いで中に入ってしばらく歩いた後。そろそろ何か試したほうがいい気がしてきた。
「ジェットコースターに乗りたいな」
ジェットコースターか……乗ろう。頑張ろう。怖いけど。
案の定……めちゃくちゃ悲鳴をあげまくって醜態を晒してしまった。
「真谷くんって……意外と怖がりなんですね」
恥ずかしいぃ……無理しなかったらよかった。
「う、うん……お化け屋敷は大丈夫なんだけどね……」
落ちる感覚がどうにも苦手で。
「私はお化け屋敷とかが苦手だからお互い様だよ」
そうなんだ……怖がる顔、見てみたい。けどあまり怖い思いとかさせちゃったら悪いし、やめておこう。
「次はどうしたい?」
「メリーゴーラウンド!」
くっ……可愛いぃ……どんだけ深みがあるんだこの人は。
その後もあちこち行ったりお昼を食べたり、売店でお揃いのイヤーカフ(なんと普通に並べてあった)を買ったり。そうこうするうちにもう夕方だ。
「次が最後になるかな」
そろそろ冷えてくるしな。綾瀬さんが風邪をひいたら大変だ。
「そうだな。どうする?」
「最後は真谷くんが決めてよ、ね? お願い」
兄ちゃん曰く、女の子のお願いはできる限り聞いてあげるのがいいらしいし、それが男にとっての喜びらしい。というわけで今日一日頑張ったんだけど、最後にこんな可愛いお願いがくるとは。兄ちゃんの言葉は正しかった。なるほどこれは確かに僕たち男子の喜びだ。テンションがめちゃくちゃ上がる。
「じゃ、じゃあ、観覧車(かんりゃんしゃ)なんてどう?」
緊張して噛んじゃった……
「ん、いいよ」
わーお、天使。天使がいるよ僕の目の前に。あ、そうだ、いいこと思いついた。天使に捧ぐ貢物は大事だからね。
たわいもない話をするうちに、観覧車はもう頂点近くだ。
「すごいな。景色がいい」
「本当にね」
「怖くない? めちゃくちゃ高いけど」
高所恐怖症だったりしたらかわいそうだ。
「大丈夫。景色いいし」
よし、やるぞ……
「綾瀬さん、これ、よかったら……」
今日のために用意したブレスレット。僕とお揃いのやつだ。
「これ……いいの? 今日いっぱい良いことしてもらったのに」
気遣いができるとは。最高だな。
「ん。いいよ。綾瀬さんのために選んだんだし」
「ありがと……綺麗だね、これ」
「僕とお揃いなんだよ」
ちょっと恥ずかしいけど、ね。
「ふふ、嬉しい」
この喜ぶ顔がたまらなく素敵なんだよ。
「気に入ってくれて嬉しいよ」
「……あのさ?」
喜ぶ顔を観察していたら、いつの間にか綺麗な瞳が僕を射すくめていた。どきりと心臓が音を立てる。何かまずいことでもした? 何か聞き落としたりした? 途端に緊張が心を支配する。
「綾瀬さん、って、付き合ってるのにどうかと思う」
「え?」
綾瀬さんは綾瀬さんだし。あやちゃん、は同じクラスにあやねさんがいるから紛らわしくないかな。
「響、って呼んでほしいな」
鼻血でそう。そんな反則技あったの?
「う、うん、わかったよ……響、さん」
呼び捨ては流石にダメだよな、と判断してさん付けにしたけど、響さんは不満気だ。
「さん付けじゃなくて」
「……響ちゃん?」
そうだよな。可愛いもんな。可愛く呼ばれたいのは当たり前だよな。
「そうじゃなくて! 呼び捨て、してほしいの……」
いいの? え、僕明日起きたら、なんか死神さんにお呼び出しされて地獄の門の前、とかないよね?
「ひ、びき……む、無理! ちょっとまだ無理!」
今の僕のレベルでは呼び捨てはハードルが高すぎる。もっと経験値とレベルアップが必要だ。
「えー」
「そ、そんなこと言うんだったら、僕も、真谷じゃなくて、優って呼んでよ……呼び捨てでさ」
僕ばっかり名前呼び……しかも呼び捨てってのは割に合わない。せっかく付き合ってるんだからこれくらいのわがままは許してほしい。
「ゆ、優……」
可愛い。必死に目を逸らすまいとしているのか、煌めいて潤んだ瞳がクルクルと僕を眺めるように動く。
「……む、無理ですね……ドキドキし過ぎて疲れちゃいます。優くん、が限界です」
りんごみたいなほっぺになっちゃった上に俯いて目だけでこちらを窺うように見ている響ちゃん。うん、可愛いな。意地悪し過ぎちゃったかもしれない。
「しばらくは、響ちゃんでいいかな?」
「は、はいぃ……」
それから降りるまでの間、ずっと恥ずかしそうに響ちゃんは顔を覆っていた。(もちろんそれも可愛らしかったのは言うまでもない)

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