綾瀬さんと真谷くん7「大事なもの」
寒さがまた少し厳しくなって来た。ここ数日、響の調子が悪そうだ。今日こそ体調が大丈夫か聞かないと。
「響ー!」
いたいた。先生と一緒に授業で使った器具を片付けた帰りに響と遭遇した。今この廊下には僕たち二人だけ。他の人がいるところでは今でも「綾瀬さん」「真谷くん」と呼ぶことにしている。トラブルが起きたらいけないしね。主に僕がやられる側だと思うけど。響はクラスのマドンナだし。お昼だってもともと響が一人で食べていた場所でに僕が後から合流するようにして周りにはわからないようにカムフラージュしている。
「あ、優」
立ち止まった響はやっぱりなんか顔色が良くない。先生に頼まれてプリントを運んでるんだな。仕事熱心なのはいいけど、無理しないで欲しい。
「響、顔色悪いけど大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だから……」
びっくりしたのか、ちょっと声がうわずっているけど、大丈夫って言うんだったら大丈夫か。
「そっか。無理しないでね」
「う、うん」
数分後、この時無理にでも休ませなかったことを後悔する羽目になるとは思わなかった。
「あれ、綾瀬さんは休みですか?」
英語の授業、先生が入ってきて開口一番、響が戻ってきてないことを指摘する。ざっと血が足元に一気に落ちた感じがする。嫌な予感に流れる冷や汗をこっそり拭うと、
「先生、僕ちょっと探してきます!」
そう言うだけ言って教室を飛び出す。多分さっきの廊下だ。
「響! 響⁈」
思った通り、職員室の前の廊下で響が倒れていた。慌てて駆け寄ると、苦しそうに息をしている。意識はないみたいだ。
「しっかりしろ、大丈夫か?」
ダメだ。完全に意識がない。お姫様抱っこで保健室に運び込む。
「すみません、この子、廊下に倒れてたんですけど、ベッドひとつ借りていいですか?」
先生の返事を待たずに空いていたベッドに響を寝かせてすぐまた教室に走る。
「先生! 綾瀬さん、職員室前の廊下に倒れてました!」
教室がざわめく。
「それで。綾瀬さんは今どこですか?」
先生は動揺してはいるけどちゃんと聞くべきことを考える余裕はあるみたいだ。
「とりあえず保健室に運び込みました」
それくらいのこともしないとでも……あ、付き合ってるのみんな知らないもんな。
「そうですか。とりあえず付き添ってあげてください。何かあった際は教室につながる内線の使用することを許可します」
普段は悪戯防止で生徒は使用できない内線の使用許可が降りた。まぁ普通人が倒れたら緊急事態とみなされるか。
「わかりました!」
大義名分ができたのでよかった。また走って保健室に向かう。今日はなんか走ってばかりだな……
「失礼します」
保健室に飛び込んでいいのは運び込む時だけだ。と言うわけでドアの前で息を整えて落ち着いて中に入る。
「あら、早いわね。綾瀬さんならまだ寝てるわ。熱が高いけど、普通の風邪ね。ちょっと無理しちゃったのか、こじらせてるけど……休めば大丈夫よ」
やっぱ無理してたのか……
「無理するなって言ったじゃないか……」
苦しそうな寝顔の響に声をかける。
「とりあえず、早退した方が良さそうね」
そう言って先生は電話をかける。暇なので響の手を握って、ほぼ独り言だけど話しかける。
「響……なんで調子悪いのに言ってくれなかったの? 悲しいよ……僕そんなに頼りない?」
響は返事をしない。ただ固く目を閉じて、苦しそうに息をするだけだ。気がついてあげられなくてごめん、と心の中で謝る。
「真谷くん、綾瀬さんのお母さんに電話が繋がったんだけど、今から外せない用事があるみたいで、迎えに来れないって。で、誰かに送って貰えば家の鍵は開いてるからって言ってらして。で、意識がないから男子生徒に送らせることになりますが、って言ったら「真谷くんが送ってくれるならいいです」とのことなので、今すぐ帰りの用意してちょうだい」
いや僕だったらいいとかいう問題じゃないと思うんだけど。信頼されてるならいいか、ととりあえず内線を借りて
「すみません、綾瀬さんが早退するとのことで、鞄とか用意お願いできますか?」
と連絡してそのまま教室に戻る。するとすでに綾瀬さんの荷物は纏めてあった。
「僕も一応送っていくんで今日は早退です」
そう一言付け加えて自分の荷物も纏める。周りで文句を言ってるやつがいるような気がするが、気にしている暇はない。
「じゃ、お先に失礼します」
響と僕の荷物を持って保健室に。
「じゃ、真谷くん、頼んだわよ」
響を背負って、二人分の鞄を持って、かなり重い。響はそうでもないんだけど、鞄って2個持つと腕が辛くなるほど重いのか。
「響、もうちょっとの辛抱だからな」
はぁはぁと熱い息が首筋にかかる。背中からも体温が伝わってきて、響がまだ生きてるんだとわかる。風邪くらいで死んだりはしないだろうけど、でも何故かとても怖くて仕方ない。
「お邪魔します……っと、鞄ちょっとここに置かせてもらって」
響の部屋は……2階か。玄関に鞄を二つ置いて階段を登る。本当はおぶったまま上がるのは危ないんだけど、響が起きる様子もないし、仕方ない。靴を脱がせてから中に入る。
「よいしょっと。ちょっと待ってね、すぐにベッドに寝かせるから」
ベッドの掛け布団をはいで、響を寝かせる。布団を被せて、僕は一旦手を洗いにいく。
「響、どう? 寒い? 暑い? 苦しくない?」
返事は帰ってこないけど、手を握りながら話しかける。時々汗を拭いて、額に置いたタオルを取り替える以外にやることがなくて暇なんだよ。それに、話しかけてないと、いつの間にか響が死んでそうな気がして不安でたまらなくなる。
お昼ご飯もちょっと行儀悪いけど、響の隣で食べた。もう何時間も寝てる。そろそろ起きてくれないと本気で心配になる。
「響、響……起きてよ……」
いなくなったり、しないよね。ものすごく怖くてたまらない。だから、起きて。
「あ、れ……?」
僕の声が届いたのか、目を開けた響が飛び起きた。
「ぅあっ」
頭が痛いのか、顔を顰めてる。
「あんまり無理しないでよ、響……」
怖くて仕方ないから。
「優、今……何時?」
もう午後の二時だよ。どれだけ心配させればいいのさ。
「あー、よかったぁ。響、帰りが遅くて様子見に行ったら廊下で倒れていたから、先生に言って僕ごと早退させてもらったんだよ。このままずっと寝てるんじゃないかって心配だった」
あ、泣きそう……怖かった、本当に怖かった……
「あ、そうだ。何か飲む?」
多分ずっと寝てて喉が渇いてるだろうし。そう思って聞くと、声を出すのも辛いのかこくり、と頷く。仕草はかわいいな。
「分かった。コンビニで買ってくるからちょっと待っててね」
一番近くのコンビニに入る。スポーツドリンクがいいかな。自腹だけど、響のためなら全然問題ない。会計を済ませて響の家に戻る。
「響、戻ったよ。はいこれ」
ぼやーっとしている響にペットボトルを開けて渡す。こくり少し飲んで、少し息をつくと、こくこくと残りを飲み始めた。やっぱり喉渇いてたんだな。
「熱、測ろっか。体温計はどこに置いてる?」
確か……学校を出る前に保健室の先生が「38.9度もあったから、しっかり見てあげてね」と言ってたっけ。とりあえず今どうか確認しないと。響が教えてくれた場所を確認すると、確かに体温計があった。
「んじゃちょっと失礼するよ」
少し脇を上げてもらって体温計を入れる。しっかり挟む力は今はないだろうから、上から抑えてあげる。距離が近くなって、響の息遣いが直に伝わってくる。しばらくそうしていると体温計が鳴った。
「36.9か……よかった、だいぶ下がったね」
ほっとした。熱が下がった方が楽に決まってるし。
「優……いつも、ありがとね」
突然とんでもないことを言われた。
「なっ、ちょ……響、僕は響の恋人なんだよ? そ、それくらい普通のことだよっ」
こんな不意打ち、ずるいよ……
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