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自然と枯れたら良いのにね

恋愛と年齢について考えさせられることがあり、なるべく誰かが傷付くことのない表現をしたいと思っていろいろ試行錯誤してみたんだけれども、こればっかりは傷付く方が悪いと開き直ることにして書いてみる。

最近、どう考えても「おじいちゃん」としか認識することのできない男性から恋愛的な欲情と好意を向けられており、疲れていたところ少しのことで限界を迎えてそのフォロワーさんをブロックするという出来事があった。
普段であれば聞き流すような内容だったが、溜まりに溜まったものが許容量を超えてしまったのである。

人間、基本的には子供と年寄りには優しくしなければ寝覚めが悪い。
わたしも彼をブロックしたことにより謎の罪悪感に苛まれたのであるが、仕方ない。無理なものは無理なのである。


そのフォロワーさんから送られてきた恋愛的な文言や行為の数々がどのようなものかはプライバシーもあるので伏せるが、とにかく、私を好きである、会いたい、と繰り返され、まあこちらもある種の人気商売、めくじらを立てて怒るようなことでもないと許容してきた。
1度目の限界を超えたのは誕生日のプレゼントを渡したいから私の最寄駅までやってきたとメッセージを送って来られた時であり(地元をSNSにポロっと書いた私もうかつだがそんな人がいるとは思わなかったのだ!)、さすがにその時には「会わないし怖い、2度としないでくれ」とハッキリお断りしたのであるが、何しろ相手は「おじいちゃん」なのである。話した感じも人当たりも悪くない。お体が悪い様子もある。私などにリプライすることが楽しみなのであれば、と、そこできっぱりとブロックすることは私の偽善的な同情心がためらわせた。
まあその結果、どうでもいいようなことで結局ブロックしてしまったのであるが、ここで言いたいのは彼に対する文句でも怒りでもない。
ああ、人はなぜ、自分の年齢を忘れて恋愛が成就する夢を持ってしまうのだろうか、という悲しくも残酷な問題だ。


今回は縁もゆかりもない相手だから良かったが、これがもし仕事や親族など簡単に縁切りのできない関係の相手だと非常に厄介だ。
年齢というのは大抵の場合そのまま立場の上下に繋がるものだし、以前、就職活動中の女子大学生から、相手企業の人事の「おじいちゃん」から執拗に食事に誘われ、肉体関係を迫られて驚いた、断ったら就職活動に大きな支障が出たという話を聞いたこともある。もちろん、男女が逆でも同じことだ。

これをいうと一部のご年配の皆さんは傷付くと思う。でも自覚していただかなければならない。大きな年齢差の、歳下の相手への恋愛感情は害悪なのだ。迷惑なのである。ましてや欲情などもってのほか。湧き上がることがあったとしても決して表に出してはいけない、ましてや成就させようなどとはゆめにも思ってはいけない。よほど特殊な性的嗜好を持っていないかぎり、相手が喜ぶ可能性はゼロなのだから。

かなり強い調子で書いてしまった。嫌な気持ちになった人もいるとは思うが、先にも書いたとおり、こればかりは気を悪くする方が悪いと開き直らせて貰おうと思う。
別に年齢差がある相手への恋愛感情が刑事罰に問われるわけでなし、相手が成人であれば(強要せず、または会社などが絡まない限り)たとえ求愛行動に移しても捕まるようなことではない。だから悪いことではない、と言って差し上げたいところだが、これはもう悪いのだ、どう考えても悪いのだ。30歳、40歳の歳の差恋愛が許されるのはよほどの芸能人か著名人、大富豪だけと考えていただきたい。年齢を超えた魅力というのはそうそうあるものではないのである。


恋愛をするなとは言わない。好きになってしまう気持ちは仕方ない。
けれど相手に伝えることはしないで胸に秘めていただきたい。人より長く生きているのだからそれくらいはできるだろう。


とまあ、本当に強い調子で書いてしまったが、もう、ほとほと困ってしまったのだ。こちらとて年寄りは尊重したい。おじいちゃん、おばあちゃんが悲しむのは見たくないというのはもう人間としての本能と言っても良いのではないか。
人生の大先輩を無駄に傷付けたくないのである。ついでにこちらも傷付くのである。勘違いしないで欲しいのは、この若者(私はもう若くもないが)の優しさは恋ではなく、爺婆への労りだということなのだ。

ああ、歳を重ねたら自然と恋をしなくなればどんなに良いか。わたしもこの先ゆく道だ。胸に刻んでおこうと思う。


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