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『VERSUS FATE』座談会 part2 RYO×DAISHI×seek編

姫路Beta支援企画『VERSUS FATE』
参加バンドによる座談会の第二弾は、
seekによる人選の二人が登場。
「喧嘩になるかと思って、
今日はレフェリーの気持ちで来たのに」と
seekが言うほど、次から次へいい話が飛び出した。
姫路で青春のひとときをバンドに賭け、
今なお東京で音楽に向き合い続ける、
熱いバンドマン人生に触れてほしい。

●この取材は、RYOさんとDAISHIさんで、というseekさんの強いご指名があったんですけど、お二人としてはどうしてだと思います?
DAISHI(Psycho le Cemu):ただの姫路のおしゃべり番長を連れてきただけなんじゃないの(笑)。
RYO(ex.TRANSTIC NERVE、defspiral):ずっとしゃべってるから。
seek:年齢的にはどっちが上なんですか?
RYO:TAKAと同い歳やから、DAISHIのほうが1個上。僕は1個下のカワイイ後輩ですよ(笑)。

●バンドとしては、Psycho le CemuはTRANSTIC NERVEの後輩ですよね。
DAISHI:俺はちゃんとバンドを始めるのが遅かったから、芸歴は先輩みたいな感じですね。
seek:RYOさんはMASCHERAのローディをしてはったから。
RYO:16、7歳ぐらいからMASCHERAのローディをやってました。可愛がってもらってたよ。最初、Betaにスタジオができて、ホールの方はまだ完成してなくて喫茶店だったんですよ。よく夜中にそこでみんなで呑んだりして。「ここにステージができてな」って、三ちゃん(三四郎、Beta店長)が話してたり。
DAISHI:青春やな。
seek:Betaができる過程を見てたんですね。DAISHIさんは、バンドとして知り合う前に、michi.さんとプライべートで出会ってるんよね。
DAISHI:飲み屋でバイトしてたときに、地元のヤンキーの先輩が連れてきてくれたんですよ。最初は誰かわからんくって、カラオケすることになって、michi.さんがBUCK-TICKを歌ってくれたんです。それですぐ声でわかって、めちゃめちゃビックリした。それが初めての出会いですかね。

●RYOさんとDAISHIさんが出会ったのは?
RYO:DAISHIがMYUっていうバンドを始めて、ある日、BetaにMYUのフライヤーが貼ってあって、何や、この白い集団は? と思って。フライヤーに載ってた問い合わせ先がBetaになってたから、新しいバンドが所属したんかなと思ったのが最初ですね。
DAISHI:その頃はまだ全然何もわかってなかったし、とにかくガッツだけで練習にいっぱい入ってたんです。それで、田中社長が練習を見ようかって言ってくれたのに、LRで鳴らせてなかったことがわかって(笑)。そんなんやったけど、TRANSTIC NERVEはもうキャーキャー言われてましたよ。

●バンドの位置としてはそれぐらい差があったと。
DAISHI:ILLUMINAさんとTRANSTIC NERVEさんは、音的にも人気的にも完成されてる感じでしたね。
seek:MASCHERAさんが東京に行きはったんで、次はどっちかかなっていう空気が出てた。
RYO:MASCHERAが東京に行ったときに、田中さんもいろいろ考えたやろうし、Beta Musicを全国区にしたいというのもあったと思う。ILLUMINAはBeta Musicに所属してましたけど、うちとDEVELOP FRAMEはアルバム契約みたいな感じでしたね。いろいろとチャンスをいただきましたけど所属するまでには至りませんでした。なのでMusicman(音楽業界ビジネス年鑑。プロダクションなどの企業情報を掲載)を見て、知ってるアーティストがいる事務所とかに音源を送りまくってましたね。かなりの数を送ったと思います。でもなかなか良い返事ってもらえなくて。結果、東京でのライブを観てくれたEXTACY RECORDSのスタッフさんから声をかけてもらって、最終的にはhideさんに辿り着いたという。

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●それもすごいですよね。
RYO:実は、その2年前に僕はEXTACY RECORDSの事務所に行ってるんですよ、MASCHERAについてるときに。横浜でMASCHERAがライヴをやったときに、対バンがHYPER MANIAで、EXTACYのスタッフが観に来てたんですね。その方がMASCHERAを観て田中さんに「お時間いただけませんか」って言ってきたんです。それで次の日、恵比寿の事務所に行くわけですよ。結果的にCDを出すことはなかったけど、EXTACY RECORDSですよ? 何かこう…、MASCHERAが全国区の扉を1個1個開けていく様を間近で見ていて、姫路の音楽がキテる!、次は絶対に俺らがここに来てやる!って、当時心に誓ったんですよ。それで、その2年後に同じ場所に行ってやりました(笑)。

●すごいですね、ものすごく夢のある話。
RYO:あの4、5年ぐらいの間の姫路の力はすごかったと思う。
DAISHI:その中に入りたかったよな。
seek:でも、MYUをやってるときに、DAISHIもUNLIMITEDから話があったよね。
DAISHI:「REMEMBRANCE」という曲をすごく気に入られたみたいで、お声がかかったんです。
RYO:ほう。その話、聞きたい。
DAISHI:めちゃめちゃ行きたかったですよ、チャンスやし。でも、今のバンドを解散させるんで、次のバンドでって言ったんです。
seek:よお飛びつかへんかったな。
DAISHI:無茶苦茶飛びつきたかったよ。でも、自分でそのときのバンドに手応えがなかってん。
RYO:やっぱり自信を持って行きたいよね。

●TRANSTIC NERVEの結成はそこにこだわった結果なんですよね。
RYO:TRANSTIC NERVEは、TAKAとMASATOがやってたバンドと、僕とMASAKIとTALがやってたバンドがお互い同時期に解散してくっついた感じですね。ウチはとにかく上手くなりたくて練習ばっかりしてあまりライブをやらないバンドで、逆にTAKAとMASATOの方は、凄くライヴをするバンド。県外にもガンガン行ってたし。その行動力とTAKAとMASATOの存在感が欲しかったんですね。ココがくっつけば最強のバンドを作れるんじゃないか?と思って、引き抜きに行ったんです(笑)。
DAISHI:実際、TRANSTIC NERVEにはMASCHERAにない何かを感じたもんね。
seek:華がすごいあった。
DAISHI:イケメンをこれだけ揃えたかって思った。
seek:髪の毛もちゃんと、MASATOさんが青で、TALさんが赤で、RYOさんが金髪で。
DAISHI:ねらってる感じがあったな。
RYO:どうやったら最短で東京に出れるかをずっと考えてたなぁ。
DAISHI:若いときは生き急いどったよね。

姫路バンドのクオリティの高さはどこから?

●それにしても、どうして姫路という地方都市でここまでのバンドが生まれて、そこまでの盛り上がりを見せたんでしょうか。
seek:ちょっと不思議ですよね。兵庫県の中でも神戸のほうが盛り上がるとかやったらありそうやけど。
DAISHI:それはMASCHERAさんが出たからやね。
seek:あの時期は、MASCHERAが地方に行って対バンしたら、今度そのバンドさんが姫路に来たときにMASCHERAが対バンするみたいな形になってたから、ちゃんと行き来があったんですよね。
DAISHI:田中さんが頑張って上手くつなげてくれたと思います。
RYO:すごい努力やったと思いますよ。
seek:田中さんがバンドについて外に回っていって、姫路Betaには三四郎さんが店長で守ってるみたいな。

●私も京都なんで感じるんですけど、地方は東京みたいに関係者が多くないから、一人の影響力が強いですよね。
DAISHI:田中さんのバンドの育て方によってバンドのカラーが出てますよ。僕らが泥を塗りましたけど、
RYO:(笑)
DAISHI:姫路バンドは音がしっかりしてましたもん。それは、『VERSUS FATE』を聴いてもらったらわかりますけど。
RYO:泥は塗ってないけどな。
DAISHI:いや、泥塗ったな?
seek:うん、塗った。塗りたくった(笑)。
RYO:そう感じるのは、MASCHERAのせいでもあるよね(笑)。あの人たちのおかげで全国に出ていくなら上手くないとアカン! みたいな、そういうところがありましたもん。

●口に出して、そうおっしゃってたんですか。
RYO:TAKUYAさんは言ってましたね、とにかく上手くなりたいっていつも言ってたから。ギターの音作りひとつにしてもオタクやったし。
DAISHI:MASCHERAはヴィジュアル系やけどプログレ的な感じで、上手い人が勝ちやっていうところがあった。
RYO:だから、上手くないといけないんだ! と僕は思ってました(笑)。

●姫路のバンドは歌が上手いっていう定評もありましたよね。
DAISHI:歌唱力では絶対勝てないと思ってた。
RYO:別にDAISHIは歌が下手じゃないし。
DAISHI:いやいやいや。みんながめっちゃ上手かったですもん。頭二個ぐらい違うってわかってました。
seek:改めてこの歳になって当時のオムニバスを聴いたりしますけど、並べて聴くと、もともと曲の持ってるメロディのよさとか声のよさとか、皆さんすごいものを持ってるって改めて思う。
RYO:田中さんの審美眼というか、才能を見抜く力がすごくあったと思う。
DAISHI:MYUのときは、田中さんはBetaでやりたいと言わんかったもん。
seek:へ~。それがPsycho le Cemuを見て、やろうぜになったん?
DAISHI:もちろん。くっそヘタクソやなってすごく言われてたけど、面白がってたよね。

TRANSTIC NERVEとPsycho le Cemuの違い

●RYOさんは、どんな風にPsycho le Cemuを知ったんですか。
RYO:俺らはもう上京してて、UNLIMITEDの事務所にBetaのプレスが送られてきたのがきっかけかな。その表紙に、聖飢魔Ⅱみたいなのが載ってたんです(笑)。
DAISHI:俺らはいいけど、聖飢魔Ⅱさんに悪いわ。
RYO:何やこれ! 言いました。真ん中、DAISHIやないかって。
seek:どう思ったんですか。
RYO:僕らはデビューしてたけど、数あるバンドの中で何かアタマひとつ抜きん出るというか、突出する部分をずっと模索しながら活動してたから。それが楽曲の良さなのか見た目のインパクトなのか…、それぞれのバンドでいろんなやり方があるんだろうけど、そんな中であのアー写を見たから、こいつら、やりよったなぁって思ったね。seekが上京してから飲み屋で会っていろんな話をしたのもすごい覚えてるんやけど、演奏が上手いとか上手くないとかじゃなくて、僕たちはエンターテインメントの世界で生きていくんですっていうスタイルと覚悟が、サイコには当時からありましたよね。そのクセにDAISHIは僕らのことをいろんな所で嫌いやったわ、嫌いやったわって言ってるけど(笑)。
DAISHI:ほんま嫌いやった、むっちゃ人気あったもん。それも僕とTAKA君が同級生やからなんです。1個でも上やったらそうは思わんかったけど。
RYO:それが原動力になったワケよね。必死で勝つ方法をずっと考えた結果がサイコなんやな。感謝して(笑)。

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seek:俺らはDAISHIに連れていかれるだけで、全く理解してなかったですけどね。黒を着ないバンドだって言われても、なんで? TRANSTC NERVEは黒を着てるやんって思ってた。
RYO:なんで俺、全身緑に塗られるの?って。
DAISHI:個人のモテるみたいなのを一回捨てさせたからな。TRANSTIC NERVEはもともとバンドのバランスをちゃんと考えとうバンドやなって思ってたけど。
seek:誰がファンレター多いねんとかで揉めたりしなかったですか。
RYO:そんなんは揉めへん。
seek:俺らはもうその概念は捨てろみたいな話になって。入り口はYURAサマがやるし、seekはキワ物担当やねんから、出口やし、そこでお客さんをストップさせるんやって。前でやるのはAYAとYURAやからって。
DAISHI:AYA&YURAがそのときは人気やったもん。ファンの人が待ってるレベルがseekと全然違ってた。TRANSTC NERVEはみんな人気があったやろ、まんべんなく。
RYO:そういう戦略を考えてるのがすごい。何も考えてなかった。
DAISHI:考えてなかったら、あんな5色の髪の毛の色にならんやろ、紫が二人おるって(笑)。TRANSTIC NERVEが東京に行ってからも、ツアーで姫路に来るからBetaにポスターが貼ってあって。明らかにハイレベルのポスターなんですよ。それを、リハーサルに入るたびに見るんです。そら、奥歯を何回噛みしめたか。目に入るもん。髪の毛を切った頃やった。俺らはまだ腰ぐらいまであったけど。
RYO:垢抜けましたねって(笑)?
DAISHI:そう。これどうやって光を当ててるんですか?、姫路で撮ってもそうなりませんけど(怒)、って思ってた。
seek:俺らは天守閣っていうスタジオで撮影したな。それですら初めての撮影やったけど。

京都の木村拓哉(?)と姫路界隈で一番の仏(?)

RYO:DEVELOP FRAMEを初めて見たときは、俺がやりたかった音楽がここにある!って思いました。俺、Jesus JonesとかM-AGEとかがすごく好きで、同期もののロックバンドをやりたいと思ってたから。DEVELOP FRAMEと出会ってから、シュウちゃん(鳴瀬シュウヘイ)にはメチャメチャ質問攻めしたし、京都の実家にも何度も行っていろんなことを教えてもらいましたね。シュウちゃんのことを勝手に師匠って呼んでるんですけど、TRANSTIC NERVEでやろうとしたことを実現できたのは彼のおかげですよ。今も可愛がってもらってるし。最終的に俺らのほうが先に東京に来て、その後にDEVELOP FRAMEもUNLIMITEDに入ることになるんですよね。
DAISHI:純平さんは、俺とめっちゃ似てるなって思った。
seek:ヴィジュアル系の匂いじゃなくて、夜の匂いがする。
DAISHI:どちらも夜の男やからね(笑)。
seek:TAKAさんはちょっと寡黙で、根っからヴィジュアル系の感じがするんですよ。純平さんとかDAISHIはしゃべりが達者で。ちょっとしゃべり方も甘い感じがするというか。
DAISHI:バンドだけをやってきた人じゃない感じが出てるよね。この間、久しぶりに純平君に会ったけどパワーアップしてた。人たらしやね、女やったら好きになってるもん。あの頃は、京都の木村拓哉と思ってたもん。めっちゃカッコよかった。
RYO:うん、めっちゃカッコよかったな。

●京都の木村拓哉(笑)。
DAISHI:ILLUMINAに対してはどう思ってたの?
RYO:向こうがどう思っていたかはわからんけど、俺はすごく意識してたし絶対負けたくなかったな。とにかく曲が良くてね。あの楽曲の良さにはかなり嫉妬したなぁ。こんなええ曲を書ける人がおるんやと思ってね。そういう意味で勝手にNaoさんをライバル視してた(笑)。抜群の歌唱力と曲センスは、今聴いても鳥肌立ちますもん。ライブも凄くイイのよ。バンドのスタイルとしては全然違うところにおるし、別にそんなこと気にせんでもいいと思うんですけどね、当時は負けたくなかったなぁ。
DAISHI:Naoさんは意識してたのかな。
RYO:意識してくれてたんなら嬉しいな。でも俺は結構ギラギラした印象があるのよね。
seek:へ~。姫路界隈で一番の仏なイメージです。
DAISHI:そんなの意識してない感じに見えるね。
RYO:EVIL EYES(michi.とNaoのバンド)が解散して、michi.君がMASCHERAを始めたやん?
DAISHI:EVIL EYESはめっちゃ人気あったもんね。
RYO:俺も好きやった。で、NaoさんがILLUMINAをやり始めて一緒にツアーを回ってるときに聞いたのよ。一緒にバンドをやってた、あれだけのヴォーカリストが新しいバンドを始めたときってどう思ったんですかって。そしたら、「俺は負けへんと思っとった」って言ってたのよね。

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seek:一緒にご飯に行ったとき、Lidaさんが悪い感じでNaoさんをいじるんですけど、「なんでやねん!」ってポップに返してくれて絶対怒らへんから、Naoさんは優しい人やなっていうイメージだけでしたね。
RYO:Naoさんが怒ったところは見たことないね。DEVELOP FRAME もILLUMINAもメンバーみんな優しいよね。
DAISHI:姫路の先輩に怒られたことはないね。

●姫路にはタテ社会的な関係とかはないんですか。
RYO:ボーヤをやってるときも殴られたことないな。対バンのスタッフが松葉杖で来てて、話を聞いたら、メンバーに折られちゃってって普通に言ってて(笑)。こいつマジかって思ったことがあった。
DAISHI:そういう時代やな。

名曲揃いの『VERSUS FATE』

●さて、改めて『VERSUS FATE』を聴いてみるといかがですか。
DAISHI:マニアックやなって思います、MASCHERAの1曲目とか。
RYO:MASCHERAの選曲はないわ(笑)。
seek:それ、みんな言うんですよ。
RYO:1曲目が「ラー」ですよ。「サヨナラ」も8分ですよ(笑)。どんだけイントロ長いねんて思う。3曲目にILLUMINAの「忘れないで」が流れた瞬間、ほっとしますもん。それも含めて、michi.君変わってねえな、よかったって思いました。
DAISHI:うちのファンの人たちは、MASCHERAとかはあんまり通ってきてないと思うんですよ。たぶん「ラー」を聴いたらビビると思う(笑)。
RYO:メジャーデビューして、ドラマの主題歌とかもやってたわけやんか。そのバンドやと思って「ラー」が出てきたら(笑)。

●TRANSTIC NERVEの選曲はどんな風に?
RYO:「END」っていう曲も候補としてありましたね。当時の代表曲というか、そのうちのどれかにしましょうっていう感じで決めましたね。
seek:TRANSTC NERVEだけは、2曲とも当てましたね。ほかのバンドさんは違う曲が入ると思ってました。
DAISHI:ILLUMINAは、「LOVE SICK」やと思ってた。
seek:「LOVE SICK」は、Betaから出したCDに入ってないから。
DAISHI:DEVELOP FRAMEは、今聴いても声に艶があるなって思う。これをインディーズでやってたと思ったらすごいよな。
seek:サイコというか、俺のレベルはほかの人らと違うんです。レコーディングの前日に、Betaでの仕事が終わってから、三四郎さんに言われて、明日録る予定のフレーズを弾いたんですよ。そしたら、「お前、オルタネイトピッキングって知ってるか?」って言われて(苦笑)。「お前、そこからか~、明日は時間かかるな~」って呆れられたぐらい。それが、「聖~excalibur~剣」のレコーディングやったから。三四郎さんもビックリしたと思うわ。

●今となってはいい思い出かも。
DAISHI:このアルバム出るの、みんなどう思ってるん? 俺らは嬉しいねん。このメンツで並ぶことが一つの夢が叶ったみたいな感じやから。
RYO:当時はこれにすごく自信があるんですってやってたけど、届かなかった部分も多いし。だから、今これだけのネームバリューがあったうえで聴いてもらえるんやったら嬉しいですね。やっぱね、名曲揃いやと思うし。
DAISHI:「クロノス」ができたときに、三四郎さんに僕が、「僕ら、売れましたわ」って言ったらしいんです、三四郎さんが言うてたんやけど。「このサビのメロディ、聴いてください、売れましたわ」って。それぐらい自信があったんやろうなって思う。
seek:あったあった。「クロノス」ができたときは、俺も売れたって思った。
RYO:そういうのあるよね。俺らも、「Parallel trip」ができたときに、売れたってMASATOが言うとった(笑)。Naoさんも絶対に「忘れないで」ができたときは、売れたと思ったはず(笑)。
seek:みんな自信があったんですね。
DAISHI:今書くメロディに勝てない部分があるもん。
RYO:あるね。『VERSUS FATE』に収録されてる2曲を、hideさんが聴いてくれて今の僕たちが居るんですよ。そういう意味でも特別ですね。

●そのうえ、今も音楽をやり続けている方も多いというのがすごいですよね。
DAISHI:当時は想像してなかったですね。
RYO:想像はしてなかったですけど、音楽をやらなくなることはないと思ってました。
DAISHI:この歳になると、バンドとかおらんくなるやん。ある程度の時期がきたら、活動休止したり、解散したりするし。
RYO:いろんな道も出て来るだろうし。だから、中には音楽じゃない道に進んだ人もいるけど、僕らはこのメンバーとバンドやるのが楽しいからやってるというのが一番で。サイコも、いろいろやらかして一回なくなったのにやっぱり集まってるということは、多分ウチと同じなんだと思うんです。去年か一昨年、大阪でseekと飲んだときに、「何の根拠かわからんけど、この5人が集まったら無敵やと思うんです」って言ってたのがすごく印象的で。偶然の出会いを必然に変えてくれたライブハウスBetaには本当に感謝してます。だからね、こんな恥ずかしい過去の音源も胸を張って出せるんですよ(笑)。デモテープ感あるからね、こっ恥ずかしいですよ。でも、全てはBetaを救うためなんです。
seek:それでみんなが喜んでくれたらね。
RYO:少しでもBetaの力になれたらいいよね。

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