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言葉にならない体験

リトリート体験記④

リトリートの話をしていて、もうひとつ印象深い体験を思い出したので、ここに書き残しておきたい。

行きたいところがあるか聞かれたとき、ユリコさんに会いたくて行くので、観光や行きたいところは思い浮かばなかった。
いつも行き当たりばったりの旅。結婚してからは、夫の「偶然を楽しもう」という要素も加わった。どんなことが起こるか楽しむ旅をしている。
さすがに初めてのハワイ島だし、観光名所くらいは調べておいたほうがいいんじゃないかと思うものの、こんなに楽しみにしているのに、情報収集するのも億劫で、新型コロナの水際対策に必要な書類を読む集中力がなかった。ダウンロードしたファイルを開いては、明日にしよう、と先送りしていた。まだ冬眠中だった。

わたしが渡航する1ヶ月前、米国に住む友人がハワイ島を旅行した。Zoomの画面いっぱいに映してくれた写真に釘付けになった。
マウナケア山の星空で、天の川がくっきりと映っていた。
翌日ユリコさんに、行ってみたいところがあると伝えると、旅程に入れてくださった。

日没の時間に合わせて出発。コナから山側へ車を走らせていくと、雲行きが怪しくなり、有名なコーヒー農園のあたりで雨が降り始める。残念に思っていたのだけど、しばらくすると雨が止み、虹が見えた。
虹の橋・・・今年17歳で亡くなった愛犬を想う。尻尾をフリフリしながら渡っていったのだろうか。

世界には17の気候区分があり、そのうち15がハワイ島にあると言われている。2-3時間のドライブ中も天気が変わり、窓から見える植物もどんどん変わっていく。
荒野を走り抜けていくと、次第に空が明るくなってきた。

マウナケア山を上る。オニヅカ・ビジターセンターで体を慣らし、ヒートテックとダウンジャケットを着こむ。南の島だというのに、防寒着一式が、今回のパッキングで一番大きな荷物だった。

どこまでも広がる雲海。とても幻想的だ。
山頂へ向かう。転倒しそうなくらい揺れるガタガタ道。くねくねとしたカーブ。落ちたらどうしようという恐怖感。映画の世界のような、激しいアトラクションに乗っているような、バーチャルリアリティーを体験しているような・・・不思議な感覚だった。
この先には一体何があるんだろう。未知の世界に連れていかれるのだろうか。この世から離れていってしまうんじゃないか。漠然とした不安が募っていった。

しばらくすると滑らかな道になり、天文台のシルエットが姿を現す。
標高4000m。富士山も5合目までしか行ったことがない。人生最高峰。

雲海に溶けていく太陽。大気が薄く、直射日光はとても強く眩しい。
夢中でシャッターを切る。寒さで手がかじかむ。
日没後、虹色に染まる空。刻々と変化する美しいグラデーションをいつまでも眺めていたい。
日が沈む。終わりと始まり。

空が暗くなり、ビジターセンターに戻る頃には星空が天を埋めつくす。
ユリコさんが「ミルキーウェイが見えた!」と興奮している。
星空に浮き立つように天の川が見えた。
まるでプラネタリウムのようだなんて、あまりにも陳腐だろうか。

天の川
(ユリコさん撮影)

帰り道の車窓から、ぼーっと空を見上げていると、流れ星が見えた。
祝福されているようで嬉しかった。

流れ星
(ユリコさん撮影)

往路の何ともいえない感覚。
虹。雲海。日没。天の川。
これまで経験したことのない、大自然の壮大さ。

ここは、この世と向こう側の境界線なのだろうか。
何かを葬る儀式だったのだろうか。
今はわからなくても、何年か経ったとき、その意味付けができているかもしれない。それまで、そっと置いておこうと思う。

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