マガジンのカバー画像

読書の時間

9
運営しているクリエイター

記事一覧

『本心』

「文学の森」のブログ掲載分

「身近なテーマ」
 『本心』を読み、次々と出てくる身近な問題に、日ごろ私が考えていることと重なり、親近感を覚えた。『本心』に登場する人物は、どこか「普通の生活」からずれてしまっている側の人たちであり、朔也もそうである。現代からそう遠くはない2040年の日本は、今よりも更に環境は悪化していて、地球温暖化が進み、若者は家にこもりがちで仮想空間にふけっている。
 「健常者中

もっとみる

「もう十分」という言葉

 2021年のゴールデンウィーク。

「もう十分」という言葉が、心の中で繰り返されている。

 朔也の母が望んでいた「自由死」という考えに否定しながらも、「もう十分生きたから」という思いは、私の中でわかりすぎるくらいの思いでもあった。年を取ると、そういう気持ちになってくるのだろうか。「もう十分」人生を歩んできたのだから。

 でも死ぬのは怖い。先日の「語る会」で平野さんが仰っていたその気持ちもわか

もっとみる
JR上野駅公園口(柳美里)

JR上野駅公園口(柳美里)

不忍池の風景には、東京の喧騒を弔うような寂寥感がある。

『JR上野駅公園口』
読み終えた後も、息苦しく、やりきれない虚しさが残る。
ホームレス、貧困、孤独死、バブル崩壊、東日本大震災、動物遺棄など様々な社会問題。
死ぬことよりも、生きていくことの不安。

上野恩賜公園にまつわる歴史を織り交ぜ、現代と過去を行き来しながら主人公の生涯を浮き彫りにしていく。

鬱々とした梅雨の居心地の悪さや、凍てつく

もっとみる

一月物語

物語の終焉が惜しまれるほど美しい幻想小説。
 華麗な文体に誘われて、自身も物語のなかにいるような錯覚がおきる。主人公の真拆とともに夢と現を彷徨っているかのように。
 物語の前半は、奈良の山奥の舞台で繰り広げられる。仄暗い山の神秘の中で、主人公の透明感と、女の幻想に浸るうちに、じわじわと作者の思惑に囚われていくようである。そして後半で一気に物語は展開し、人間、或いは物の怪の、生死の域を超えた情念

もっとみる
『日蝕』美しい文を味わう

『日蝕』美しい文を味わう

時代背景は中世の南仏。パリ大学で神学を学ぶ学生(私)が体験した出来事を記録するかたちで物語は展開される。その細部にまで表現にこだわった古典調の美しい文に引き込まれ、まるで自分自身が小説の中で、主人公であるニコラと同じ場面に遭遇し、そこで起こり得た出来事を証明するかのように旅をし、登場人物に出会い、一連の「事件」に立ち会うことができる。

錬金術、魔女狩り、黒死病といった、歴史的に興味深く謎に満ちた

もっとみる
オーディオブック

オーディオブック

車で遠出をした。
活字を見ていると車酔いをしてしまうので、
電子辞書に入っている朗読を聴いた。
言葉を聴いて味わうことの醍醐味。

『羅生門』
聴いて味わうと、空想の中の物語として映像化しやすくなる。
さらに青空文庫で中原中也の 『家族』を聴いた。パステルカラーの映像が広がる。中也の優しさがしみる。

未知であることの不安

未知であることの不安

『苦海浄土』(石牟礼道子著)読了。
 読みはじめのきっかけは、環境倫理学の受講を通じてである。
 詩的で叙情的な不知火海の描写が美しい。その分水俣病の悲惨さが際立つ。また、無知であることの悲劇は、今の世界にも反映している。

 ‘潮の満ち干とともに秋がすぎる。冬がすぎる。春がくる。そのような春の夜の夢に、菜の花の首にもやえる小舟かな、などという句をものして目がさめると、うつつの海の潮凪が、靄の中か

もっとみる
悲しみの秘義

悲しみの秘義

『悲しみの秘義』(若松英輔)読了。
読み手の心に響く美しい言葉たち。
書き手と読み手が共有する言葉の精神世界。
「書くことで自分が何を想っているのかを発見するのではないか。」「紙に記された言葉を読むだけでなく、文章を書くことで、出会うべき言葉と遭遇する。」(引用)
暗闇の中の光を見つけるように、言葉の本質に出会う。そしてその言葉との出会いを糧にして自らも紡いでいく勇気を与えてくれる。
大切にしたい

もっとみる