たけはら深雪

音楽と現代詩と読書が趣味です。

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最近の記事

金木犀

秋の入り口で迷う 「ここだよ」 と言っているような 無邪気なオレンジ色の賑わいは 芳醇であるのに控えめな趣 金木犀の曲がり角で 小さな影が伸びたり縮んだりしているのは誰 夕暮れの隠れんぼ 見つからないの あれからどのくらいの時間 探していたのでしょう 水を含んだような空に 金色の秒針が細く浮かんでいる 時刻を合わせるように鋭く光る 山の方から夜風が吹くから 急に寂しくなった 「ここだよ」 と言っているような 金木犀の てのひらでオレンジ色の粒がはじけて じわあっとあった

    • 鏡の池

      鏡の池       水に映る空も 真実の空で 覗き込むと 足を掬われそうになる 山の入り口にある 鏡のような池は 輪郭のない絵のように 朦朧としていた きっと居場所がないのだ コウホネの黒い根が 水中の脈のように 光を呼吸するさなか 一粒の黄色い花が ためらうように ひっそりと咲いた 人肌のような風が ぬるい感触をもって 耳の側で膨らんだ 昨日の夢の中身を 不意に見透かされた気になる 目を反らすと 泥の淵に足もとを取られた 輪郭が崩れていく 姿を見失って このまま 先へ行

      • 存在

        いつから隠していたのか 自分でもわからなかった 「最後だけど」 の言葉を口にしたら 込み上げてきた涙 雲の幕がいまにも 降りてきそうな帰り道 湿り気を帯びた風が たわわな稲穂を圧しながら 通り過ぎていく 存在 それは一幕の 「想い出」としての刻印を のこしていくように

        • 紫花(桔梗)

          薄紫の慎みで 小さな星の粒を 守っているような 桔梗の 鐘のかたちに沿って 青空の扉が開く 残月が 山風を連れてくる 渡りの支度をする鳥たちが ぎりぎりのところで 星の粒を数えている 紫の花のふくらみに 隠れてしまってもなお 忘れることなく 数えている…

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        記事

          デカルコマニー

          輪郭のない肖像画  それは 水浸しの風景の中に閉じ込められている うずまき模様に滲んだ水彩のように 私の前に時々現れる 懐かしい痛み 原色の光が明滅する交差点で 夏の太陽を切り裂くように激しく 私はアスファルトの上で倒れる 誰も私のことなど知らないのに 刺すような眼差しに やられてしまったようだ いや やってしまったようだ そう  刺すような眼差しを 誰もその人のことなど知らないのに その人はアスファルトの上に倒れる 夏の太陽を切り裂くように激しく 原色の光が明滅する交差点

          デカルコマニー

          鏡 雨の日

          窓辺に打ちつけるの雨の不協和音が、物悲しい笑みの余韻を引き立てている。あなたがいた海の記憶を集めた点描の絵が、コンクリートの壁に掛かっている〜鍵のついた扉を開けると鏡の世界へ行ける。金色の蛾が、鱗粉を撒き散らしながら紫色の夜に誘うように。 「鏡」雨の日はラヴェル

          オレンジシャーベット

          群青色の夜空に 赤い星と 橙色のちょうちんが揺れて ポケットには千円札が一枚 「ねぇ一緒に何買おうか」 かき氷と綿菓子とリンゴ飴 金魚すくい、スーパーボールすくい、 射撃ゲームもしようよ 勿体ぶって 結局、オレンジシャーベットの アイスを買って コンクリートの花壇に座って食べたね 広場で手筒花火が始まった 君の白い顔が オレンジ色に輝いて 急に冷たい風が吹いていたこと 言えずにいた 射撃ゲームの音が すぐうしろで聞こえたら あの夏の君がいなくなって そして、花火が消えた

          オレンジシャーベット

          朝のひとこま

          わたしはいつもの電車にのって 裏通りの駅で降りる マスクは嫌いだけれど 車内の匂いを やわらげてくれるし 何より疲れた顔を隠してくれる 裏通りの店の前に積み上げられた ゴミの袋に つまづきそうになって カラスに睨まれた マスクをしていても 朝のにおいが台無しになるくらいの 嫌な感じがした 悔しくて空を見上げる 空はいつものように水色で 鳥の囀りが聞こえる ほんのり土の匂いがした 公園の花壇でセキレイが跳ねている その横で掃除をしているおじさんがいる 公園のゴミを集めなが

          朝のひとこま

          雨の日の亡霊

          雨の日の亡霊 竹原深雪 元気ならいいです ここにいます ノイズにまみれて聞こえる やさしい雨の中で あなたの声だけが喋っているみたい 風雨にさらされて 亡霊のようにかすんでいても それはあなただとわかった 声が波紋のように広がっていく どこまでも そしてあなたの小舟が 銀の波に消えて行くのを じっと見ていた それがいつのことだったのか もう忘れてしまったけれど わたしが砂になる頃 西の空に輝く星が 銀色に輝いて見えるのはきっとそのせい 元気ならいいです わたしはもうこ

          雨の日の亡霊

          「もう十分」という言葉

           2021年のゴールデンウィーク。 「もう十分」という言葉が、心の中で繰り返されている。  朔也の母が望んでいた「自由死」という考えに否定しながらも、「もう十分生きたから」という思いは、私の中でわかりすぎるくらいの思いでもあった。年を取ると、そういう気持ちになってくるのだろうか。「もう十分」人生を歩んできたのだから。  でも死ぬのは怖い。先日の「語る会」で平野さんが仰っていたその気持ちもわかる。『葬送』でも、ショパンが「自分の死」を考えたとき、この世界から自分がいなくな

          「もう十分」という言葉

          『本心』

          「文学の森」のブログ掲載分 「身近なテーマ」  『本心』を読み、次々と出てくる身近な問題に、日ごろ私が考えていることと重なり、親近感を覚えた。『本心』に登場する人物は、どこか「普通の生活」からずれてしまっている側の人たちであり、朔也もそうである。現代からそう遠くはない2040年の日本は、今よりも更に環境は悪化していて、地球温暖化が進み、若者は家にこもりがちで仮想空間にふけっている。  「健常者中心主義」「格差社会」は進み、強者に都合のいい社会。ここに登場する人物はどちらかと

          雨あがり

          この風の中に どれだけの夏が生きているのだろう 一瞬の雨に洗われた冷ややかな空気のもとで 重なる雲や 鮮やかな花の色に 何かを感じ取ろうとするほど 待ち遠しい季節ではないのに 風は確実に季節を呼ぶ いつでも 私の足もとや耳や髪の近くを通り 感覚を揺らし始める 確実なものと曖昧なもの そのどれもが一雨ごとに浄化されていく たとえむせるように陰鬱な梅雨の薫りの中でさえ 時々崩れ落ちるようにして現れていくのがわかる 風に揺られてもう一度辺りを見た 確

          メールの温度

          メールの温度 春の日にふと隙ができると 午後には雲が流れて 空が鏡のようになる    コンピューターで会話をして 足が冷たいから 指先は熱くして 微熱のような毎日を 無意味に おそらく 目的も憶えず 強迫観念に駆られて… 何? ふっかけてきたのは君だと メールが言うから おぼろ月を送り返してやった       曖昧な言葉なんていらない (そして今夜は新月)      空が鏡のように 私をすべて裏返したから 脅迫しているのはあなた ぶつかり合って しばらく黙って そしたら 遠

          メールの温度

          カワイイヒト

          この夜空の何倍も 星が瞬く そんな場所で会いたい 言葉の端に はにかみをはさんで 夜空の匂いと一緒に 封じ込めたい 「カワイイヒト」と書き記した 想い出の小箱に あなたの背中は 誰かの背中に似ていて 思い出す頃にはきっと カワイイヒトでなくなってしまうのだろうから あまり考えないでおこう ひとつの星座が あなたの言葉を届けてくれる それだけを頼りに さあ今夜も 夜空を散歩しよう 後ろ姿のオリオンが どうやら傾きかけている 想い出の小箱に 星空も全部詰めて! はやく

          カワイイヒト

          JR上野駅公園口(柳美里)

          不忍池の風景には、東京の喧騒を弔うような寂寥感がある。 『JR上野駅公園口』 読み終えた後も、息苦しく、やりきれない虚しさが残る。 ホームレス、貧困、孤独死、バブル崩壊、東日本大震災、動物遺棄など様々な社会問題。 死ぬことよりも、生きていくことの不安。 上野恩賜公園にまつわる歴史を織り交ぜ、現代と過去を行き来しながら主人公の生涯を浮き彫りにしていく。 鬱々とした梅雨の居心地の悪さや、凍てつく冬の孤独感に苛まれながらも、時折春風のように訪れる優しいひととき。 貧しさの中

          JR上野駅公園口(柳美里)

          ラヴェル クープランの墓

          時が止まったよう 一つ一つのものが とても意味のあるものに見えた 空気の動きまでもが 見えるような気がした 深い水の中にいるみたい 濁りのない透明な… ずっとずっと向こうの方に光が見える それはたぶん私の未来 一つ一つ 一音一音 確かに進み それは透き通っていた (18歳 秋)

          ラヴェル クープランの墓