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ヤマアラシのジレンマ🦔

シナリオ

人 物

藤堂華音(24)楽器店店員

高倉奏詩(25)スタジオミュージシャン


○江ノ島恋人の丘・売店「海賞堂」前

龍恋の鐘入口へと続く、小さな売店の引戸が開き、藤堂華音(24)と高倉奏詩(25)が出てくる。

二人の名前が書かれた南京錠とハートのプレートをひらひらとさせる華音。

華音「ハート。なんか照れるね」

高倉「だね。照れるね」

ふたり見つめ合い、微笑む。

高倉「行きますか」

ふたり、手を繋ぎ歩きだす。

○江ノ島恋人の丘・龍恋の鐘

相模湾を臨む高台、柵に囲まれた鐘が設置されている。

鐘の横のフェンスには無数の南京錠が、かけられている。

手を繋ぎ海を眺める華音と高倉。 

海風がふきつけ、華音のスカートがブワッと捲れる。

一瞬露になった太ももに大きな痣。

高倉、とっさに目を逸す。

華音「夏の合宿、思い出すね」

高倉「懐かしいな。海で花火したっけ」

華音「うん。あれはあれで楽しかったけど、練習の合間にちょっとは泳げるかなって、期待してたのに」

高倉「練習づけで、外にもほとんど出れなかったもんな」

華音「水着、ドキドキしながら選んだんだよ。高倉先輩と海に行けるかもって。ねぇ、私たちって付き合ってまだ3年なんだよ」

高倉「もうそんなにたつ?」

華音「もうじゃないよ。高2からずっと好きだったのに。コンクールの時の奏詩のソロ、恰好よかったぁ」

華音、うっとりした表情。  

○回想・コンクール会場(昼)

ステージの上で吹奏楽部員が「宝島」を演奏している。

サックスのソロパートに入り、会場いっぱいの観客を前にサックスを吹く高倉。

プロ顔負けの表現力豊かな力強い演奏に会場が沸く。

○恋人の丘・龍恋の鐘(夕)

日が傾きかけた海を目の前に美しい夕景の中、龍恋の鐘を鳴らす華音と高倉。

高倉「あのね、僕のが、先」

華音「何が?」

高倉「好きになったの」

華音「え、うっそ! 嘘、嘘! いつから?」

華音、高倉に詰め寄る。

高倉「初めて華音のトロンボーン聴いた時。ピッチが綺麗で、姿勢もピシっとしてて。凛としてるっていうのかな。 なんか目が離せなくなった」

華音「嘘、それって仮入部の時だよね。そんなに前から?」

高倉「一目惚れってあるんだなって……」

高倉、耳まで真っ赤。

高倉「一目惚れも初めてだったし、誰かを好きになったのも初めてだった」

華音「そう……なの? そんなこと……今まで一回も言ってくれたことなかったのに」

華音、驚きで思わずどもる。

華音「そっかぁ。あの海で告白してれば、高校の時から付き合えてたのかぁ。制服デートしたかったなぁ」

高倉「今からでもする?」

高倉、いたずらな笑顔。

華音「したい……したいよ。しようよ、ねぇ」

華音の顔が、クシャッと歪んでいく。

高倉「華音……」

困ったような苦笑を浮かべる高倉。

華音「ねぇ、奏詩、なんで今日が最後なの? どうして最後がここなの……」

華音の両目から涙が溢れる。

   ×××

鐘の前のフェンスに南京錠をかける華音と高倉。

高倉「3年間、あっという間だった。今まで一緒にいてくれてありがとう」

華音「まだ3年だよ。たったの3年。もっと、ずっと一緒にいたいよ……」

高倉「太もも酷い痣になってた。痛かったでしょ 」

華音「こんなの、大したことない……」

高倉「華音のこと、誰よりも大切なのに……大事にしたいのに。このまま側にいたら、もっと華音を傷つける」

華音「いいよ、それでも。離れるよりずっといい。離れることに比べたらこんな痛み、なんてことない……  好きだよ、好きだよ、奏詩」

高倉、両手で華音の頬を挟み撫でる。

高倉「華音のことずっと好きだったから、華音から好きだって言ってもらえた時、びっくりし過ぎて息が止まるかと思った」

華音「私だって息止まりそうだったよ。怖い顔してだんまりするから、ふられちゃうんだって思ったもん」

高倉「あの時、絶対大事にするって決めたんだ。なのに止められない。自分の感情がコントロールできない……傷つけたくなんかないのに……」

高倉、嗚咽をもらす。

高倉「今日一緒に来てもらったのはね、華音を好きな気持ちをここに……」

高倉、自分の胸に手を当てる。

高倉「胸の奥に閉じ込めて、鍵をかけようって決めたから」

華音「ずるいよ。そんな、勝手に。なんでもひとりで決めちゃって」

高倉に縋りつき泣きじゃくる華音。

高倉「ごめん……」

華音「4年も片想いして……やっと、やっと……それなのに、片想いの方が長いなんて、あんまりだよ」

高倉「このまま一緒にいたら、いつか華音を壊しちゃいそうで怖いんだ。そうなる前に離れよう。もう華音を傷つけたくない……傷つけたくないんだ……」

華音「ずっと、忘れないでいてくれる?」

高倉「忘れない。忘れられるわけがない。好きだよ、華音。ずっとずっと」

華音「それじゃあ、この鍵、私にちょうだい。 私も思い出にする決心がついたら、その時ここの鍵を閉めるから」

華音、自分の胸に手を当てる。

高倉、胸の前で鍵を閉めるように回す仕草をし、華音に鍵を渡す。

○回想・吹奏楽部部室

トロンボーンを吹く華音(15)、「星に願いを」の練習している。高倉(16)、少し離れた場所から華音を見つめている。

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