文字を持たなかった昭和 四十六(働きづめの体)

 母ミヨ子の外見を書いていて思い出した。

 「ほどよく肉がついた女性らしい体形」と書いたが、とくに首から背中、上腕のあたりの肉付きがよかった記憶がある。あれは農作業で力仕事――物を持ったり担いだりしたせいだったのだろうか。

 足はもっと特徴的だった。身長150センチ少々と小柄なのに、足がとても大きくて、靴――と言っても作業用のズックだが――のサイズは24.5センチだった。がっちりと幅があり、足の指も太く、一見男の足みたいだった。足の幅に合わせると24.5センチというサイズになってしまったのかもしれない。

 子供のわたしは聞いたことがある。
「母ちゃんはなんでそんなに足が大きいの?」
「田畑の仕事で足を踏ん張ったからだろうねぇ。嫁に来たころは地下足袋をもらえなくて、わらじ履きだったから、どんどん足が大きくなったんだろうね」

 農作業以外ではほとんど下駄履きだったから、やはり踏ん張る体勢だったのだろう。ふだんは裸足で、寒い時は足袋のような形の靴下を履いていることが多かった。下駄を履くには、足指の股が割れた靴下になるのは当然だろう。ミヨ子が農作業にズックや長靴を履くようになったのは、ずいぶんあとのことではないだろうか。どちらも購買するものであり、わらじなら家で作れたのだ。

 いずれにせよ、働きづめの結果が作った体形だった。

 働きづめは、外見ばかりでなく骨にも影響を与えた。年をとってからは腰が曲がると同時に、背骨は片方に湾曲した。腰の痛みがあまりにひどいので整形外科を受診したところ、医師から言われた。
「若い頃ひどく重いものを担いだりしていましたか? 背骨に圧迫骨折のあとがありますよ…」

 どれだけ厳しい労働だったのか。小柄な体で一家を支え続けた代償としては酷くないか。

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