昭和の(?)計算 おつり

 某月某日。ちょっとだけ飲んで帰るべく居酒屋に入った。この店はお通しがなく、明朗会計なのが気に入っている。

 カウンターに座ると、見かけない顔の若い女性スタッフ――20歳過ぎくらいか――が注文を取りにきた。そんなにしょっちゅう来ているわけでもないのだが、少なくとも以前はいなかった顔だと思う。外国人スタッフの可能性もあるかと思い、念のためメニューの飲み物のページを開き、指さしながらまず瓶ビールを注文。

「とりあえず、中瓶おねがいします」
「生ビールですか?」
 ……どう聞けば、中瓶が生ビールになるのだろう?
「いえ、瓶ビール」
「生ですか?」
「いえ、これ」
「あぁ…」
 やっと通じたよ。外国ぽい訛りはないから日本の人だろうけど。

 おつまみ2品をとって、小一時間。会計をお願いした。またさきほどの女性がレジに立つ。
「1670円です」
財布の中身を見て、「じゃあこれで」と2170円出した。彼女は怪訝そうな、「なんで?」みたいな顔をしてしばらくレジの画面を睨んでいたが、厨房にいる先輩らしきスタッフに現金とレシートを見せて言った。
「これ、どういうことですか?」

「あ。」
の一言を上げ、わたしの意図をたちまち理解した彼は「お釣り、500円だから」と言いながら、レジへと歩きだした。そして
「すみません、500円のお釣りです。レシート、そうなってないけど、勘定は合ってるんで」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
わたしは500円玉と、二人の手に渡ったためちょっと汚れたレシートを受け取って店の外に出た。 

 と、さっきの彼女が追いかけてきて
「失礼しました。またお越しください」
「大丈夫ですよ、また来ますね」
その気づかいはよしとして、店側は注文や会計の精度を上げるトレーニングをさせてあげたほうがいいんじゃないの、と思ったりもした。

 それにしても。
 1670円のお会計に2170円出されたら500円お釣りを出す。
 これはそんなに難しいことだろうか。あるいは不可解なことだろうか。2000円出してくれれば計算できたのに、ということ?

 ずっと前――バブル期、にわか成金の日本人が海外でブランド品を買いあさっていた頃かもしれない――ヨーロッパだかで買物すると、お店の人はお釣りの計算、とくに引き算がなかなかできない、大きな額の紙幣を出すと、買った品物の値札の横に小銭を積んで足し算していって、紙幣と同じ額になったらその小銭をお釣りとして渡してくれるのだ、と聞いたことがある(あくまで伝聞だ)。日本人なら暗算ですぐお釣りを出すのにね、という自慢とともに。

 しかしいまやキャッシュレスの時代。提示された金額をスマホに打ち込んでかざせば、電子音とともに会計が終わる。暗算は不要、ましてお釣りの小銭を少なくもらう工夫なんて、「いつの時代の習慣?」になる日も近い。いや、もうそうか。

 お釣りをめぐる昭和の(?)計算は少しだけ頭を使う。そのちょっとだけ面倒なところがいいんだけど。よく使う電話番号すらスマホに登録してしまって覚えられなくなったように、みんな一桁の計算ができなくなるのも時間の問題だ。

 便利になったぶん、人間は退化する。

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