橋本治『橋』

私は同じ作家の本を立て続けに読む習性があるので、またしても橋本治。前回は、「結婚」という現代のワーキングガールに寄り添った内容(とはいえおそらく対象はニッチ)だったけれど、「橋」は2人の女の一代記だ。

「2人の女」と言ってもその二人に接点はほとんどなく、物語の終盤で明らかになる、「あることをした」という共通点があるにすぎない(そして母親同士が同級生だということ)。

内田樹が橋本治のことを「説明のうまい作家3選」(ちなみに他2人は村上春樹と三島由紀夫)に挙げていたが、橋本治は本当に説明がうまい。情景がパッと、いやパッとどころじゃなく、バババババーっと頭に浮かんでくる。一瞬で。だから、登場人物が最後までのっぺらぼうだった(ということが私にはよくある)ということは絶対にない。ディティール重視。大好き。

2人の女の子が生まれる少し前から「あることをする」までが、時間軸にそって語られている話なのだが、私が度肝をぬかれたのは、前半の「小学生たちの心理」の描写だ。

バカな小学生の言動、女子にちょっかいを出す男子、みんなに疎まれるようなことをするクラスメイト、「からかい以上いじめ未満」に参加する子供たち、など、あらゆる謎めいた子供たちの行いの原動力となっているその心理を「解剖」し、どんな精神状態でそのような行為をするに至ったのか、そこにはどんな感情が存在しているのか、そういうことを詳しく「説明」してある。もちろん、それは小学生時代に限ったことではなく、全編とおしてなのだけれども、私は特に、描かれた小学生の心のゆがみにはっとした。

この作品は、ネタバレをすると致命的に面白さがなくなると思うので、詳しい内容は書かないが、そこらのミステリーなんかよりもずっと手に汗握るし、エキサイティングな気持ちになれる。そして、「悪意のない人々」が「真面目に日常生活を送った」結果、絶望へ突き進んでいくという展開が涙無しでは語れない。なんというか、人生における自分の無力さを思い知らされると同時に、「ただ漫然と生きる」ことへの警告を作者が発しているように思えた。

感情にまかせていると、とんでもない結末が待っている。真面目に生きるだけじゃだめだ、ちゃんと考えろ、考えて生きろ、理性を持て!

橋本治は、恐ろしいほど頭の良い人間だから、「流されて生きる」人間に対してフラストレーションを抱いていてもおかしくはないだろう。ただ、きっと彼が「考えろ」と言っていたのは(そもそもそんなこと言ってないかもしれないけど)、「人の気持ち」に尽きると思う。各人がどんなに一生懸命「考えて生きた」としても、それが自己完結あるいは自分の身の回りのことだけにとどまっていれば、結末は同じだと思う。

私はこの結末について、「思いやりの欠如」の結果だという感想をもった。「誰が」とかではなく「みんなが」だ。登場人物の心理描写が精緻であるがゆえ、そいういう「思いやりの欠如」が浮き彫りにされて、私みたいなぼけっとした読者にもそれを印象づけることができたんだろうなあ。すごい作家だな。

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