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【#13】グラグラ情緒

前回 12話 ユラユラ

これはボクがスマホを手放して、広島から実家のある長野まで徒歩で目指した実話。
たった10日間の出来事とは思えないほど、多くを学び、成長できた最高の旅だった。

2020.6.8 9日目

寒い。
海が見えることは本当に素晴らしいことなのだけど、朝がとにかく冷え込む。

寝ぼけながら、寝袋の中でグダグダタイムを過ごしていると、露出した下腹のあたりをゲジゲジが通ったような、そんな感覚がボクを襲った。
ボクはすぐさま立ち上がり、服をたたき、寝袋を裏返しにして、中にいる虫を振り落とすようにポンポンしまくった。
外に出たかどうかは定かではないが、もう大丈夫だろうと、ねぶくろをかたづけていると、ズボンの紐がフラフラとしているのを見つけ、ゲジゲジの正体が判明したので安心した。

虫は、どんな目覚まし時計よりも効果的だった。

時間は4時を回っていたので、出発の準備をした。太陽が出ていないこともあってか、あまりに寒すぎたので、マウンテンパーカとネックウォーマーをしたままで出発。

今日は朝のうちに18km先の城崎温泉を中間地点とし、その先の京都久美浜にある温泉をゴールと計画した。

城崎を目指して進む。その道は思っていたより、山道ではなかったため、順調に進むことができた。
歩きはじめは、冷えていたこともあり足(特に右足)の回復にかなりの時間を要したが、山を越え豊岡市に入った頃には消えていた。

そこから竹野を歩き、山道に入り、城崎へ。
城崎エリアに入ってから、城崎の温泉街までの道のりが結構長かったのだが、城崎は2年半ぶりに訪れる町ということもあって、めげずにルンルン気分で頑張ることができた。
温泉街までもう少しというところで、志賀直哉の「城の崎にて」が書かれた散歩道があり、いつしかの国語の授業で勉強したことを思い出し、志賀直哉になった気持ちで温泉街へと向かっていった。

念願の城崎。
学生が登校していることから、8時くらいだろう。朝の城崎の街並みは、清々しいような、そんな気持ちで包んでくれた。
2年半前、当時好きだった人に会うために訪れた場所。彼女との出会いがボクを大きく変えてくれた。好きという感情よりも、敬意。尊敬の感情が大きかった。
久しぶりに訪れた地に、ボクは少し成長して戻ってくることができた気がする。

城崎駅通り公園で休憩。
駅前にある足湯を楽しみにしていたのだけど、残念ながら休業中。
切り替える。しょうがないんだ。
また訪れるであろうこの町に、足湯に入るという約束をして、ボクは再び出発した。

進んでいく。今日こそは温泉でゆっくりするんだ。そこまで頑張る。
そう意気込むボクに、朝っぱらからの長距離移動と、がん照りの太陽が襲う。

進むペースが落ちてきた頃、犬に吠えられた。
犬は賢い。
犬とボクに距離感は、2車線の道路を挟んださらに先くらいにあったのだが、この怪しいボクに対して、ちゃんと番犬の役割を果たしているのだから。(そんなに臭くないんだけどなあ)

吠える犬を飼い主が怒りに出てきたのが見えたので、軽く会釈をして、そこから始まる山道を歩き進めた。

山道も中間地点、下りはじめた頃だった。
後ろから車が来たので、脇によりながら歩いていると、その後ろからきた軽トラが、ボクの横に止まり、開いた窓から「乗っていけや」と声をかけてくれた。よく見ると、その人はさっきの犬の飼い主ではないか。優しすぎん?

坂道嫌やなあ、って思っていた時の出来事であったから尚更ありがたかった。

アイドリングトークとして、この度の趣旨を話し、今日目指す温泉のことを聞いた。
ボクの想像通り(いつも地図の情報から想像している。)、目指しているところには日帰りの温泉施設があるらしい。そこは既に営業を再開しているとのこと。がんばれる。目指すゴールがあればがんばれる。

京都へ入り、国道とぶつかったあたり(久美浜)でおろして、その先にある温泉までの道のりも丁寧に教えてくれた。
本当に助かった。ありがとうございます!!

目的地の温泉までは、あと10kmくらい。
地図を見ているとちょうど中間地点くらいに、「道の駅 KUMIHAMA」があったので、とりあえずそこを目指して進んでいく。

ここまで結構な距離を進んできた疲労のせいで、中々ペースが上がらない。そしていつもならアドレナリンのおかげで影を潜める痛みが出てきた。何故か右足がクソほど痛い。
5kmくらいの距離なら、休憩をせずとも進むことができるはずなのに、この道の駅までの5kmでは休憩をしながら進んでいる自分がいた。

やっとこさで道の駅についた。
たった5kmの道のりに2時間近くかかっていた。
とはいえ、時間はある。
今日はあと5km歩くだけだ。それに、そこには温泉があるのだ。焦る必要はない。温泉は逃げないんだ。
ここの道の駅では、体を労るために長居することにした。

この道の駅には、地図が置いてあったので、京都の先の福井県までが載っている地図を手に取り、この先のことを考える時間を作った。

ここで衝撃の事実を知る。
どうやら今ボクが歩いている道は、かなりの遠回りだったらしい。ここは丹後半島といって、本州から突き出ているような地形になっているのだ。この事実は、今まで使っていた地図には書いていなかったために気がつかなかった。
ボクは沿岸沿いを進んでいたため、激しい遠回りを進んでいた。しょうがない。とにかく切り替えて進むしかない。今日はとりあえず温泉を目指して進んでいくだけ。その先のことはその時に考えることにしよう。旅が本格化してきたような感じもした。

長居休憩を終え、また進みはじめた。
一気に目指す。今日はのんびり過ごすんだ!と意気込んで歩く。

どうやら器用のボクはついていないようだ。何か悪いことでもしてしまったのだろう。
朝からの大移動で疲れ切っていたボクを、「上げて、落とす」といった古典的な方法で苦しませてきたのだ。

目的の温泉に近づいていくにつれて、「あと2km」「あと700m」といった看板がボクの気持ちを徐々に高めていってくれた。そうして進んだ先に、広い駐車場が現れた。先ほどの道の駅で、目的地の温泉のことを聞いた時に、「駐車場がひろい」という情報をゲットしていたため、「やっとついた、」と気持ちは最高潮。

だが、その駐車場には車が停まっていない。
この時期だからお客さんが少ないのかなと、奥の方を覗いてみるが、一台もない。
まさか、と思い、駐車場の入り口に行ってみると、そこには「休館」の文字が。

それまでに上昇させたボクの気持ちを、いきなりバンジーでもさせられたかのような気持ちになった。少し病んだ。いや、だいぶ病んだ。

立ち直れなさそうなほどに、落ちた。
どうしたらいいのかすら分からなくなって、動きたくなくなった。
とりあえずヤケになり、自販機でジュースを二本も買って一気飲みをした。
こんなことでは立ち直れないことを知りながら。

とにかく思考停止。
そんな感じで過ごしていても、何も変わらないことは知っているけど、何もすることができなかった。

そうこうしていると、自分の中の悪魔か天使なのか分からない奴が、一丁前に囁いてきやがった。「がんばれ。すすめ。」と。

「そうなんだよな、進むしか道はないんだよな
あ、」ボクは無理やり切り替え、地図を見て、目的地を決めた。
ここから15km先の「道の駅 丹後王国 食のみやこ」を目指すことにした。

強い意志を持って、また歩く。
意志を固めた人は強い。歩きはじめてすぐに、野宿が余裕でできそうな公園を見つけたのにもかかわらず、意地になって歩を止めなかった。
(ボク、めちゃくちゃ頑固)

道はほとんど道なりに進むだけなので、至って単純。何も考えずに、ただ黙々と進んでいった。
これを歩き切ったら、今日だけで50km越え。自信がつくのはもちろん、成長が感じられる。ゴールした時の自分を妄想して、ひたすらに進み続けた。
今まで出会ってきた人に感謝しながら進んでいくと、坂道にも関わらず、なぜだか足が軽くなってきた。感謝しながら思い浮かべた人たちが、後ろからボクの背中を押してくれているような、不思議な感覚だった。
時に泣きそうになりながら、一人ひとりを思い浮かべながら進む。
途中、簡単な道だったのに道を間違えてしまったが、それで落ちることもなく、無事に目的地へと到着した。時間は20時くらいだったと思う。夕日が沈んだ少しあとくらいだった。

この道の駅がとにかくすごい。
西日本最大と謳うだけの規模感に圧倒された。
道の駅というより、小さめのテーマパークのような感じもした。昔働いていた「ハウステンボス」を連想させるような佇まいだった。
広い駐車場には、有名な京漬物「西利」の工場があった。
残念ながら施設の営業は既に終わってしまっていたため、満喫することはできなかったが(そもそも動き回るような体力は残っていないのだけど)、「ホームレスの人、寝てください。」と言わんばかりのどでかい机があったので、今日の寝床決定!

こんな距離を自分が歩き切れるなんて思わなかったし、何度も挫けそうになりながらも、ここまで来れたことが、自分にとって相当の自信になった。そんな1日だった。
入念にマッサージして、明日は朝のうちに天橋立を目指そうと思う!

おつかれ!おやすみ。

9日目「佐津海岸」→「兵庫・京都境の山」
   「久美浜」→「丹後王国 食のみやこ」計52.8km

次回

Camino de Nagano マガジン








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