見出し画像

青の遺言



どこまでも広がる青い世界に浮かんでいた。
太陽の光が波の上を転がっている。
こんな晴れた空に青い海、いつもならテンションあがるはずの場所なのに。
なんとも言えない複雑な気分で漂っている。

抱き抱えたツボの中の白い粉を覗き込む。
これがばぁば?骨の形があればばぁばの存在を感じられるのに。
粉となってしまうと、なんだかもうよく分からない。
実は生きてるんじゃないかって気がしてしまう。

ゆっくりとツボを傾けた。
サラサラとおだやかな紺色の波の中にこぼれ落ちる。
白い粉は徐々に広がり、浮いたり沈んだりしながら、やがて海の中へと消えていった。
 

ほんの2週間くらい前だった。

〝起きてるのかい?!開けな!〟ドンドンとドアを叩く音がする。
無視してベッドに潜り込む。耳を塞いでもまだ聞こえる。
ものすごい勢いでドアを叩いて大声で叫んでいる。

はぁ。と大きなため息をついて、ノソノソとドアに向かった。
ガチャリとドアを開けるとタバコを吸いながらばぁばがニッと笑った。

〝行くよ〟

私は手首を掴まれ引きずり出された。
スウェット姿のまま問答無用でどこかへ連れ出される。
表へ出るのが久しぶりすぎて、8月の日光が突き刺さるように眩しい。
鮮やかな青い車が停まっている。助手席に放り込まれ、すぐに車は動き出した。

〝まずは服だね。さすがにその格好じゃアタシの方が恥ずかしいわ〟

何も答えず窓の外を見ていた。
これからどこに行くのか、何が起こるのかなんて何も考えたくない。
興味ない。どうでもいい。めんどくさい。
私はいわゆる、引きこもりなのだ。

どこかの店へ引きずり込まれると、あれやこれやと試着をさせられた。
店員もばぁばの勢いに圧倒されている。
店員が私に意見を求ても、私は無言。店員は困り顔。

〝じゃ、これで!このまま着ていくわ。〟
と、なんだか爽やかな青いワンピースに決定。
合わせて靴やらバックやら一緒にお買い上げ。

車に戻ると颯爽と出発。
変わらず私は人形のように窓の外を見つめた。
 
〝さてと。あんたの行きたい場所にでも連れてってやろうと思ったけど、そんな雰囲気でもないね。
ばぁばの行きたい所に付き合ってもらうよ。〟

ピクリとも動かず窓の外を見ていた。

最初に着いたのは水族館だった。大量のクラゲ、カラフルな魚、どこかの深海魚、デカイ蟹、ペンギンにアシカ、イルカ。ノンストップって引きずり回された。
無言で人形のような私と、海外マフィアのボスみたいなド派手な格好のばぁば。
端から見たら異様な組み合わせだろうな。

ゆっくり楽しむ訳でもなくざっと見終わるとすぐ次の場所へ向かった。

そして観覧車の中に放り込まれた。
無言の空間。私が喋らないからなんだけど。何なの一体。訳わかんない。

お次はランチだった。川沿いのオシャレなオープンテラスでパスタを食べた。
まぁ、おいしかったですけど。

ランチも早々にショッピングやら観光やら、車移動したり、歩き回ったり、
とにかくあちこち引きずり回された。
何なのか全然分からないし、いい加減疲れた。
あっという間に日も傾きかけてしまっている。
訳わからなさすぎてイライラする。

うんざりした顔でばぁばの後をついていく。けど限界だ。
ちょうど公園の中へ入った所だった。ふらりとベンチに座り込む。

〝疲れたかい?ちょっとそこで待ってな〟

そう言ってばぁばはどこかへ消えた。このまま逃げようと思えば逃げられるのに。
体が動かない。
下を向いてじっとしていた。何も考えたくない。
セミの声だけがやたらと頭の中に響いていた。

ふと気がつくとカフェラテを持ってばぁばが隣に座っていた。
〝飲みな〟と手渡されたカフェラテを口にする。


〝ばぁばはもうすぐ死ぬからね〟
〝え?〟
〝おや、やっと声が出たね〟ハハハと笑うばぁば。
〝医者には延命治療だなんだ薦められたんだけどね。ぜーんぶ断ったよ。延命なんてダサいだろ?
なんで延命するかって、自分の人生を生ききってないからだろ。
まだやりたいことがある、会いたい人がいる、和解したい人がいる。
伝えたいことがある。自分の人生我慢して生きてきた人が望むもんだね。
後悔があるからまだ生きたいと抗うんだろうよ。
ばぁばはこの人生なーんの悔いもない。潔くあの世に逝きたいのさ。
今日はね、あんたにそれを伝えるために会いに来た。
後、残りの時間一緒に過ごしたくてね。
それと、ここんとこずーと引きこもってるあんたに外の世界を見せたくてね。
まぁ、生きてりゃ辛いことも沢山あるだろうけどさ、悪いことばかりでもないもんよ。
たまには休んでも逃げてもいい。しっかり休みきったら何でもやりたいことやって、
後悔なく1日1日を積み重ねるんだよ。
あんたもこれから先色んなもんを手に入れるだろうけどさ、あの世に持っていけるのは思い出だけだからね。
どんな最悪なことも最高なことも、あの世に行ったら良い土産話になるってことよ。
今日はこんな綺麗な夕日をあんたと見れて、ばぁばは幸せだよ。〟

〝何言ってんのか分かんない。ばぁば、めちゃくちゃ元気じゃん〟

 〝いつどうなるかなんて、誰にも分からないもんさ〟
ばぁばは少しだけ寂しそうに笑った。

〝葬式も墓もいらないからね。海でも山でもあんたの好きなように散骨でもしとくれ。
どうせ死んだらばぁばには分からない事だからね。〟

 〝いや、だから、そんなの信じれないよ〟

 〝いつかばぁばが死んだ時はそうしとくれよ。〟

再び無言の世界に入り込んだ。セミの声だけが、
頭の中に響いている。



〝さて!帰るとするか。〟

ばぁばは勢いよく立ち上がると、私の手を掴んで
スタスタと歩き始めた。
車に乗って家へ向かうが、私は無言だった。
頭が働かない。

 

そんな1日をばぁばと過ごしてから、ほんの数日後だった。


ばぁばが倒れた。

すぐに病院に運ばれたけど、もう、手遅れだった。
あっさりしすぎるほどあっけなく、あの世へ逝ってしまった。

潔くあの世に逝きたい、その言葉通りに。

 



〝ばぁばは青が好きなの?〟

〝あぁ、ばぁばは、海みたいな青が大好きなんだよ〟

 いつか幼い頃一緒に来た場所に立っている。
若い頃のばぁばの顔が目に浮かぶ。


 少しだけ涼しくなった風を感じながら
海を見つめた。


どこまでも続く真っ青な海。
水平線と、空の青。

爽やかな青いワンピースに身を包んで、
ばぁばを想いながら。

 

 

 

 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?