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ここにおいで、いつでも。

ここのところずっと曇り空。


ベッドに転がって窓の外の雲を眺めている。
寒いけど外の空気が吸いたくて、少しだけ窓を開けた。
冷たい空気が心地よい。こんな天気が丁度いい。
今の私にぴったりだ。

 
何もしたくない。どこにも行きたくない。
誰にも会いたくない。

そんな日々を送るようになって1年くらいになる
だろうか?

 

 

 

半年前、ばぁばが旅立った。あの曇り空の上へ。

外の世界を見せたいと連れ出されたけど、結局こうやって未だに引きこもりを続けている。
今頃空の上で呆れ顔して私を見ているだろう。

 

足元でミャーと声がする。暖かくて柔らかい塊が
太ももの辺りに乗ってきた。

私はピクリともせずじっとして変わらず曇り空を
見つめていた。

 

ばぁばを送り出した後、家族が増えたのだ。

 

 捨て猫だった。
海でばぁばの散骨を済ませた後少し散歩をして
いたら、どこかからミィーと声がした。

辺りを見回すと段ボールがある。
近くまで行って覗いてみると、まだ目も開かない
グレー1色の子猫がいた。
手のひらに乗る程の小さな体で必死に声を上げている。

しばらく子猫をじっと見つめていた。
そして段ボールを持ち上げると、そのまま子猫を
連れて帰ったのだ。

 

幸い、父も母も猫は嫌いではないようだった。

引きこもりの娘に何か変化でもあれば、少しでも私に対しての罪を償えれば、
そう考えたのかあっさり飼う事を許してくれた。

 
3人とも猫を飼うのは初めてだったため、父と母が病院に子猫を連れていき、
あれこれと指示をもらい子猫との生活が始まった。

 

 しばらく一緒に過ごすと、目が開いた。
海のように深い青色をしている。

 

 それにしても猫の成長って早い。半年も経つとだいぶ大人の猫のようになってきた。
とはいえまだまだ遊び盛り。遊んで!というアピールに応えるのは大変なものだ。

 
今はまだ起きたばかりだからこうやって大人しくしているけれど、
もう少ししたらゴハンは?アピールと、遊んで!
アピールが始まるはずだ。

 

 

 連れてきた時から、ミィーと呼んでいる。
名前を考える気力も私には無い。ミィーは私の部屋によく溶け込んでいる。

ほぼグレーで統一された静かな部屋。
大体グレーのスウェットで過ごす私と、グレーの
ミィー。

 グレーに囲まれていると何だか安心する。
白でも黒でもない、曖昧な色。目立つことのない地味で無難な色。
無気力な私に何の刺激も与えてこない色。
引きこもるようになってから不思議とグレーのものばかり集めるようになった。

何も考えたくない。何も感じたくない。
思考も感情も全てごちゃ混ぜにしてどこかに捨ててしまいたい。

空っぽになりたい。

ミィーの暖かさだけなら、感じていてもいいかも
しれないけど。

 

ミィーが来てから父や母とほんの少しだけ話すようになった。
ミィーについての、本当に必要最低限な事だけ。

 

 

大学受験に失敗した私は家に居場所がなかった。

医学部に入ることを期待していた両親の落胆ぶりに私は想像以上に傷ついてしまったのだ。
あからさまに両親との会話は無くなり、それどころか向けられた言葉は信じがたいものだった。

〝どれだけ金かけたと思ってるんだ〟
〝このまはま家にいられても邪魔だ〟
〝お前の事が外に知れたら恥ずかしい〟

 そんな両親に向かってばぁばはいつも怒鳴り散らしていた。
〝なんて事言うんだい!あんたたちの宝だろうが!見損なったよ!!〟

 そして私は部屋から出なくなった。家出をする気力すらもはや無かったのだ。

 

仲の良い友達はみんな大学へ進学した。就職した
人もいれば、短大や専門学校、
同級生全員が、それぞれ新たな場所へと向かって
いった。

 

私だけが、取り残された。
どこにも進めない。何もできない。
何者にもなれない。
無力感だけが心の中を支配している。

 最期まで私の味方をしてくれたばぁばも、
今はいない。

 私はこれからどうやって生きていったらいいん
だろう。

 

 ふとミィーを見ると深い青色の眼でじっとこちらを見つめていた。
あぁ、そろそろゴハンかな。そう思ってミィーに
声をかける。

〝ゴハン持ってくるよ。ちょっとそこどいて待ってて。〟

 
猫の絵柄が入った器にエサを入れて戻ってきた。

部屋の中にミィーの気配がない。
エサを置いてミィーを探した。

〝ミィー、ごはんだよー?〟

ドアを開けていたので出ていってしまったのかも
しれない。

 

2階を探す。部屋の中にはいない。廊下にも。
階段を降りて1階を探す。リビング、お風呂、
キッチン、トイレ、押し入れ、あちこち開けてみるけどミィーはいない。
玄関も裏口も閉まっている。

 おかしいな、と思いながら部屋に戻る。

すーっと入ってくる空気にはっとした。
窓開けてたんだった。
ちょうどミィーの頭くらいの隙間。

 頭が真っ白になる。

 とっさに上着を取って外に飛び出した。

 

ミィーはうちに来てから外に出たことがない。
ミィーにもしも何かあったら…!そんな事を思ったら怖くて体が震えた。

どこにいるんだろう?まるで見当がつかない。
どうしよう…

 車の下、塀の上、木の上、路地の中、走り回りながらあちこち探した。

家から離れてしまったのかも…
自然と足が動いた。走って向かったのは海だった。
砂浜を見渡す。
いない。
草が生えてる辺り。
いない。
岩場の辺り。あれは…
グレーのフワフワした丸い背中があった。

〝ミィー!!〟

 くるっとミィーは振り返った。その場に座り込んだ私に向かって歩いてくる。

〝よかった…〟

 膝に乗って私を見上げている。
青色の眼がキラキラした。曇っていた空から光がさしている。うっすらと青空が見える。


 真っ直ぐ海を見つめた瞬間、涙が溢れた。

 〝何でここなの…?〟

 捨てられた場所でもない、1度も来たことがない、
幼い頃ばぁばに連れられて2人で来た場所。

 
〝ばぁばはね、嫌なことや辛いことがあったら
いつもここに来るのさ。
海を見てると全部流してくれそうな気がしてね。
何かあったら、ここに来るといいよ。〟

 

ばぁばの声が蘇る。

 

〝ミィー、私をここへ…?〟

返事をするかのようにミィーは私の手をぺろっと
舐めた。

 

光が強くなっていく。
重く暗い鉛色をしていた海がキラキラと鮮やかな青に変わっていく。

 

ばぁばには敵わないな。
いい加減前を向かなきゃダメだ。

 涙を拭きながらミィーを撫でる。

 

私を見つめるミィーの眼は
いつかばぁばと見た海の色が
そっくりそのまま
流れ込んできたみたいに
全く同じ色をしていた。






こちらの続きです♪
青の遺言


 

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