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剣道がそっと手招きした、いつかの春

大学で剣道を始めました、と言うと驚かれる。珍しいねぇ、なんでまた、と言われる。

一応毎回、答えることにしているのは
・武道に興味があったが高校までそういう部活がほとんどなかった
・大学で外国のことを学ぶからこそ、日本の文化にも触れたかった
・武道の中でも剣道がかっこよかった
・剣道部の雰囲気が好きで、その一員になりたいと思った
といった理由。

しかし、本当は、この陰にはもっと長いお話がある。

あまりにも長いし、特別面白い話でもないし、と今までわざわざ人に話すことがなかった物語を、今日は書いてみようかなと思う。

子どもの頃から、いわゆる和風のものや、古いものが好きだった。映画ならば「千と千尋の神隠し」や「SAYURI」が好きで、着物や浴衣を着るのが好きで、古い日本家屋が好きだった。

武道に対しては、かっこいいなぁというぼんやりした憧れはありつつ、泣き虫で弱虫で臆病な自分には縁遠いもの、と思っていた。

時が流れ、高校生になって、進路を考え、外大に行きたいと考えていた頃。何度も何度も外大のパンフレットを眺めては、自分の大学生活を想像していた。どんな勉強をしようかな、どんな部活やサークルに入ろうかな…

その時にふと目に留まったのが剣道部だった。他の団体が親しみやすさを意識してくだけた文を載せている中、剣道部の「剣道部は範士八段の師範の御指導の下、文武両道をめざし…」というような固い文は、明らかに異質だった。

しかし、私はその飾らず、実直で、背筋がぴんと伸びたような、きりりとした文に妙に引きつけられた。「剣道をしている人」の人柄を垣間見た気がした。

その時ふと思い出したのは、小学校の頃の同級生にいた、剣道をしていた女の子ふたり。彼女たちは人に媚びたりおもねるようなところがなく、いつも礼儀正しく、人を押しのけたりは全くせず、しかし求められれば自分の意見がしっかりあり、それこそ竹のようなまっすぐさを持っていた。子ども心にも、かっこよかった。

私も剣道を始めれば、弱虫な自分を変えられるだろうか、あんな風にまっすぐで凛々しい人になれるだろうか。

日に日に興味は募り、気づけば、大学での部活の第一候補は剣道部になっていた。

やがて桜が咲き、外大に通いはじめ、新歓という初めての体験に戸惑いつつも。
たまたま受け取った、A4用紙3枚分に及ぶびっしり手書きの剣道部のチラシや(なんてすごい熱意なんだと驚いた)、想像していた通りにみな凛々しくかっこよく素敵だった先輩方、実際に生で見る剣道の迫力とかっこよさ、竹刀を触らせてもらった時のわくわくした気持ち…

そのひとつひとつがパズルのピースのように、ぴたり、ぴたり、とはまっていって、やっぱり剣道を始めるしかない、と決心した。

実際に始めてみてから、これまでの7年間。正直なところ、楽しいばかりではなかった。練習そのものが体力的に辛いことも多かったし、面をつけてからは悩みごともぐっと増えた。

稽古が思うようにいかなくては稽古後に非常階段に隠れて泣き、試合に負けては落ち込み、全然成長しない自分の情けなさを何ページにも渡って剣道ノートに綴った日もあった。

それでも、剣道が嫌になったことはこの7年間なかったように思う。

部の先生、先輩方や同期、時には後輩たちも、私の小さな小さな成長を目を凝らして見つけては、一緒に喜んでくれた。もっとよくなるようにとたくさんのアドバイスをくれた。

剣道そのものにも不思議な力があった。稽古に行く前は少し億劫だったり不安だったり後ろ向きな気持ちでも、いざ稽古が始まってみるとたちまち夢中にさせられてしまうのだ。

自分で言うのがはばかられることではあるが、こっそり、あえて言うと。負けても負けても、悔し涙ばかり流しても、それでも剣道が好きでしょうがない私は、もしかしたら、自分が剣道を愛している以上に、剣道に愛されているのかもしれないな、と思う。

いい大人なのに夢みがちだなぁ、と笑われるだろうか。思い上がりだと言われるだろうか。けれど、意志が弱く、何事にも飽きっぽい私が丸7年もひとつのことを続けてきて夢中であり続けるなんて、初めてのことだったのだ。

7年前に思い描いたような自分になれたかというと、情けないことに、自信を持って頷けはしない。試合ではほとんど勝てなかったし、泣き虫なのは相変わらずである。

しかし、この先何十年もを共に過ごすことができる相棒との大学での出会いは、私にとって間違いなく大きな財産だった。

見つけてくれて、選んでくれて、こっちへおいでよと呼んでくれてありがとう。何度も立ち止まってはしゃがみこむ私の手を引いてくれてありがとう。道場に向かう背中を押してくれてありがとう。泣き虫で弱虫な私をずっと愛してくれてありがとう。

この先も、おばあちゃんになるまで。私の人生の相棒であり続けてくれたら嬉しいです。

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