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「フレンパ」~友だち以上父親未満~ 第18話

「あの、お話しというのは・・・」

「あぁ、そうそう。昨日、WAPのホームページ、見させてもらったよ。すごいね。自分でアプリ製作してるんだ。大したもんだよ」

吾朗は、三年前のカラオケボックスで亜矢子に放った心ない一言について、謝りたいと思いながらも、口は勝手に別のことを話していた。

「いえ、そんなことないですよ。まだ未熟なんだと思います。その証拠に、作成したアプリを企業に売り込みに行っても、まったく相手にされない状況ですし」

「確か、インハウス・アプリだよね。企業内で働く社員しかダウンロードできないコミュニケーション・アプリ」

「ええ。感染症対策が必要な今だからこそ、対面での会議にナイーブな企業には、かなり使えるアプリだと思ったんですが・・・」

そして亜矢子は、このアプリが企業内の支店や事業部どうしの壁を取り払う、クロス・ファンクション的なツールとして考案したことを話した。

「その発想、すごくいいと思うよ。さすがだね。あっ、そうだ・・・、もしよかったら、この資料を後で見てくれないかな。そんなアプリなら、バージョンアップに使えるかもしれない」

吾朗は、そう言いながら、大判の茶封筒をブリーフケースから取り出すと、中から少し厚めのプレゼン資料を手にして、亜矢子の前に置いた。

「ワン・ブランチ・ワン・ミッション・プロジェクト?」

つぶやくように資料の表紙を読み上げた亜矢子は、それを手にパラパラとめぐり始めたのだった。

「これは、私のように、社内で肩書きをなくしたシニア社員を活用する目的で作ったプレゼン資料なんだけど、一般の社員にも使えると思ってね。内容を少し手直ししたんだ。要は、支店や事業部、さらには日本や海外といった枠を超えて、社員が新規案件やプロジェクトに自主参加する企画だよ」

吾朗は、さらに、支店が作成するプロジェクトのマスタープランには、必要な人材とミッションをブレイクダウンして、それぞれのフィーをポイントで表示すること。そして、実際にプロジェクトの中で、参加した社員のミッションが動き出し、その終了時に利益が出た場合は、その半額を本社の割賦金から差し引いて、支店や事業部の取り組むインセンティブとすることを説明した。

「参加する社員へのインセンティブは?」

亜矢子が、興味を示したような表情で聞いてきた。

「複数の支店でプロジェクトに参画して、それぞれのミッションごとに提示されるポイント累計が多くなればなるほど、人事考課やボーナス査定にプラス評価される仕組みを作れば、いいんじゃないかな」

「なるほど・・・、面白いですね。でも、このプラン、帝国通運社内で既に検討されているんじゃないですか?」

そんな亜矢子の言葉を聞いて吾朗は、先日の会議直前に、専任部長の仲城から、この提案について全く相手にされなかった時の情景を思い出していた。

「いや、これは私の個人的な思いつきで作った資料だから、まだ誰にも見せてないんだ。遠慮なく活用してもらっていいよ・・・」

「ありがとうございます」

そう言って、亜矢子は嬉しそうな表情で、資料を再度めくり始めた。

「あの・・・、もしかして、今日はこの件で来られたんですか?」

突然、何かを思いついたように亜矢子は資料をめくる手を止めると、吾朗を見つめながら聞いた。

「あっ、いや、その・・・」

吾朗は、言葉に詰まって何も言えなくなっていた。

「実は・・・、以前のことを、謝りたくてね。あの時、カラオケボックスで『忘れちゃった』って言ったことなんだけど」

恐る恐る発した吾朗の言葉に、亜矢子は一瞬、宙を見上げた。そして、改めて吾朗を見つめると、柔和な眼をして話し始めた。

「あの言葉の理由、母から詳しく聞きました。そして二十八年前、私を妊娠した時の母が、綾島さんに敢えて、その事を伝えなかったことも・・・。私が帝国通運にいた三年前って、まだ若かったし、綾島さんには、つい感情的な態度になってしまって・・・。ごめんなさい」

「いや、謝るのはオレ、いや私の方だよ。ごめん。本当にすまなかった」

吾朗は、そう言って両手を膝の上に置きながら、頭を下げた。

「それじゃ、長い時間、仕事の邪魔をしてもいけないから、このへんで」

吾朗は、これまでの曇った感情を断ち切ることができた嬉しさから、少し大きな声で、そう告げると、勢いよく椅子から立ち上がった。

「あの、もしよかったら、連絡先、教えて欲しいんですけど・・・。できれば携帯の通信アプリで」

亜矢子のリエストに、吾朗は携帯電話を取り出して、通信アプリを立ち上げると、自分のID番号を表示させた。

「じゃあ、これで私たち、友だちになれますね」

「友だち?」

「いえっ、変な意味じゃなくて・・・、通信アプリでいう友だち申請の友だちってことですよ」

「なるほど、そういうことね」

吾朗は、複雑な笑みを浮かべながら、携帯電話の画面を見つめた。

「それじゃ」

携帯電話をブリーフケースに入れながら、吾朗は照れたような表情で、亜矢子にそう言うと、中庭の出口へと進んだ。

「あの・・・、プレゼン資料、ありがとうございました。今のモデルをバージョンアップさせて、なんとか売れるアプリを作りたいと思います」

背後から聞こえる亜矢子の声に、吾朗は振り向いて手を上げた。そして、嬉しそうに微笑む亜矢子の顔を、このとき吾朗は、しっかり自分の目に焼き付けたておきたい、そう思ったのだった。

第19話へ続く。


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