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カラスのパン屋さん(童話)

「美味しいパンだよー、焼き立てのパンだよー」
 パン屋のおばあちゃんの声が聞こえた。よく通る声なので、うちの中にいてもその声が聞こえてくる。暑い日も寒い日もいつも黒いマントを羽織っているちょっと変わったおばあちゃん。そんなおばあちゃんはリヤカーいっぱいにパンを積んで、今日も近くを売り歩いてきた。
 おばあちゃんの声を聞きつけたケンはママに駆け寄った。
「パン屋のばあちゃんが近くに来てるよ。買ってくるからお金ちょうだい、早く!」
 おばあちゃんのパンはフカフカしていて香ばしくおいしかった。それでいて値段はどこよりも安い。おばあちゃんは人柄もよく、いつもニコニコ笑みをたたえて親切だった。妹のハナと買いに行くと、「あら、おつかいごくろうさま」と言って、一個おまけしてくれることもあった。
「じゃあ、家族みんなの分も買ってきてね」
 ママが言った。
「うん、わかった」
 ケンはお金を受け取り、妹のハナの手を引っ張ってパン屋のおばあちゃんのところへ走っていった。
「どこににいるかなあ・・・・」
 パンを買うのはたいへんだった。おばあちゃんはその日その日で歩くルートが違うので、どこにいるのかわからない。聞き耳を立て、声のする方向を予測して歩くしかない。意外な所でバッタリ出会うこともあるし、どんなに探しても見つからないこともある。大人気のパン屋さんだから早く行かないと売り切れてしまう。
「あっちの方から声が聞こえたぞ」
 ケンとハナはようやく黒いマントのおばあちゃんを見つけた。
「おばあちゃん、コッペパン5つちょうだい」
 ケンとハナは駆け寄って声をかけた。すると、おばあちゃんはもうしわけなさそうに、
「あらあら、ごめんね。今しがた全部売り切れちゃったわ」
「ああ・・・・」
「また今度ね」
 おばあちゃんはハナの頭をやさしくなでながらそう言うと、リヤカーを引っ張って立ち去っていった。
「バイバーイ」
 二人は、離れていくおばあちゃんの後ろ姿に手を振って見送った。
「おばあちゃん、どこに住んでいるんだろう?」
 ハナがポツンと言った。
「さあ・・・・。そうだ、おばあちゃんの後をつけていこうか。そうすりゃ、どこに住んでいるか、わかるだろ。それに、おばあちゃんのパン屋の場所がわかればいつでも買えるし」
 ケンとハナは走っておばあちゃんの後を追った。
「おばあちゃん、歩くの速いなあ」
 まったく意外だった。老人なのに軽やかに飛ぶように歩いていく。ついていくのが大変で、何度も見失いそうになった。
「ハナ、もうちょっと頑張ろう。もうすぐ着くと思うから」
「うん」
 ケンはハナを励ましながら歩いた。
 町内を過ぎ、となり町も越え、海沿いの町までやってきた。こんな遠くまでやってくるのは初めてだった。なんだか少々怖くなってきた。
「まだ着かないのかなあ・・・・」
 海岸線を歩き、林に入り、川の河口の薄暗いところにきてようやく足を止めた。そこでおばちゃんはリヤカーから離れていった。
「着いたみたい。でも、ここは・・・・」
 二人は鼻をつまんだ。昔、遠足で牛の牛舎を見学したことがあったが、そのとき嗅いだ牛糞の臭いを思い出した。イヤな臭いがただよっている。
「どうしておばあちゃん、こんなところにきたんだろう」
 二人はおばあちゃんが消えていった林の奥におそるおそる入っていった。
「あっ!」
 衝撃的な光景を見てしまった。おばあちゃんは、子どもみたいな小さな体のおじさん数人と、河口の臭い泥を丸めて小さな団子を作っていた。その泥団子を串にさして火であぶると、みるみるうちにふくらんで、いつも買うコッペパンに変わっていく。
「えっ!? あのおいしいパンは、こんな臭い泥で作っていたの!」
 ケンはゾッとした。自分たちは泥で作ったパンを喜んで食べていたのだ。この恐ろしい現実を知ったとたん、お腹がチクチクと痛くなってきた。
「ハナ、帰るよ」
 ケンは小さく声をかけ妹の手を引っ張った。そのとき、その声が聞こえたのか、一人の小さいおじさんが、
「ん?」
 こっちに目を向けてきた。
「まずい、見つかった・・・・」
 ケンの動揺した心が伝わったのか、他のおじさんたちもこっちに目をやった。さらにおばあちゃんもワンテンポおくれてこちらを見つめてきた。
ーーギロリ
 そのおばあちゃんの目は、普段からは想像もつかないような険しい目だった。
「に、に、逃げよう」
 ケンは怖くなって走り出そうとしたが、ハナは何を思ったのか、キョトンとしながらおばあちゃんに声をかけた。
「どうしてこんな臭い泥からおいしいパンができるんですか? わたしにも作り方を教えてください」
 ハナはケンの手をふりほどき、トコトコと彼らに近づいていった。ケンは冷や汗が流れた。
「ハ、ハ、ハナ、ダ、ダメだよ・・・・」
 ハナの無邪気な様子におばあちゃんと小さいおじさんたちは意表を突かれたのか、アタフタとした。
「カーッ!」
 突然おばあちゃんが大きな声を出すとパッとカラスに変化し、翼をバタバタと羽ばたかせた。
「カーカーカー」
 かん高い声で鳴きながら大空のかなたへ飛んでいった。
「チューチューチュー」
 小さいおじさんたちはドブネズミに変化して河川のわきをすばやく走り出し、堤防の隙間に入り込んで見えなくなってしまった。
「おばあちゃんはカラスだったんだ・・・・」
 二人は顔を見合わせて呆然とした。
 その事件以降、町でおばあちゃんの姿を見ることはなくなった。 
                (了)2018年作


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