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蓑虫山人の生き方が面白い。『蓑虫放浪』

 江戸末期から明治という騒然とした時代を飄々と生きた、放浪の絵師「蓑虫山人」の評伝。本書を手にとるまでさっぱり知らない人物だったが、読んですっかりファンになった。

 本名は土岐源吾。岐阜の豪農の妾の家に生まれるが、父の放蕩で家は傾き、母の死に前後して家出する。その後もいろいろあって、結局旅に生きるようになった。笈を背負い、その笈は展開すると小さな庵になったというから、テントを担いで歩くバックパッカーのようなものか。乞食同然の生活ながらも絵をたしなみ、世話になった人にはお礼の絵を描いた。

 文人画の巨匠鉄翁祖門に師事したとか、勤皇の志士であり西郷隆盛を助けたとかいろんなエピソードが出てくるのだが、どれも本当かどうかわからない、本人が話を「盛って」いた可能性があると著者はいう。そんな胡散臭さの一方で、岩手県奥州市の水沢公園を造園したり、青森県の亀ヶ岡で遺跡の発掘に参加したり、きちんとした業績も残している。有名な遮光器土偶を発見したのは蓑虫山人だった可能性もあるようだ。実に謎多き人物であり、著者も全貌を知るのは難しいとしている。

 私が強い共感を覚えるのは、蓑虫山人の描く絵や日記が常に明るくユーモラスなことだ。旅先で出会った風光明媚な土地や興味深い人物、日常の何気ない喜びなど、世の中の明るい面ばかりを絵に描き続けた。乱暴な若者らに因縁をつけられ殴られたうえに股くぐりをさせられたという嫌な事件も自虐ネタにして絵に描いてしまうほどだ。

 絵はさほどうまくないとされているけれど、私はそうは思わない。本書でふんだんに紹介される絵はどれも素晴らしい。

 晩年近く、蓑虫山人は、財がないので協力者には絵を描いて渡す、とクラウドファンディングのように募集して、終の棲家を竹で編む。竹で家を編むのも面白いが、それをみんなで御輿のように運んでいく光景を描いた絵日記の可笑しさといったらない。そしてこの話のオチも最高なのだが、たとえそこに多少の「盛り」があったとしても、先の見えない不穏な時代をこれだけユーモラスに生き切った人生に感服する。苦しい今こそ読まれるべき評伝だと思う。

産経新聞2020.12.20書評


 追記:このなかに出てくる笈が面白い。背負っている箱のようなもののことなんだけど、あれって展開するとテントみたいなものだったのか。知らなかった。どんな感じが泊まってみたい。果たしてこんな細い脚で寝台を支えられたのだろうか。


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