父と息子の旅

 息子が小学生のとき、授業を休ませていっしょに北海道を旅行した。
 息子は学校でいっぱいいっぱいになっていた。
 友だちができないといって、いつも沈んでいた。妻の話では、いじめられているらしかった。
 北海道では、カヌーに乗ったり、海辺で石を投げたり、ロープウェイで山に登ったり、とくに何をしたというわけでもない。
 何かを教えたとか、諭したとか、慰めたとか、そういうことは何もしなかった。ただ、小学校なんて行かなくてもいいんだと、それでも大丈夫なんだということだけ、実感させようと考えていた。
 本人も楽しんでいたのかどうなのかよくわからなかったけれど、帰ってからしばらくして、妻に「宝物のような時間だった」と話したらしい。それなら行ってよかったと思ったのである。

 息子が生まれたときから、いつかこいつと男ふたりで旅がしたいと思っていた。
 本当は、学校がつらくなったときとかそういうタイミングではなく、父と子の夏休み大冒険みたいな形を望んでいた。しかし息子は地元のサッカーチームに入っており、夏休みはスケジュールが埋まっていた。
 学校と違い、そっちのほうは友だちも多くて楽しく通っていたから休ませるには忍びなく、結局父と子の大冒険は実行できないまま6年間が過ぎてしまった。
 なので、サッカーチームを卒業し中学校に入った今年、いよいよ父と子の大冒険をやろうと父は舞い上がっていた。よし次は海外だ、どこがいいかな、そうだアンコールワットに連れて行こう。
 中学生になれば、徐々に高校受験も近づいてくるし、そのうち反抗期もやってくるだろう。そう考えると、できれば中学1年の夏休み、まだ父と並んで町を歩くことを恥ずかしがらない歳のうちに実行しようという計画だった。

 ところが、中学に入学した息子は、そんな父の思惑とは無関係に、その中学でもっとも厳しいといわれるバスケット部に入り、聞けば夏休み中、練習がないのは5日間だけとのこと。
 しかも中学生活は友だちもたくさんできて充実しているらしく、海外旅行の誘いにもまったく乗ってこない。
 んんん、やはり小学校の夏休みに行っておくべきだった。そう思ったものの後の祭りである。

 小学校も中学校も、ほとんど夏休みなし。
 サッカーという居場所があって息子は多少なりとも救われていたから文句はないが、それにしても子ども時代にもう少し家族といっしょに旅行に行く時間があってもいいじゃないか。
 実際、家族いっしょの時間が持てないとチームを辞めてしまった子もいたほどで、いつもいっしょにいるようでいて、なかなか旅行もままならないのが家族の現実である。
 部活も中学2年生になればさらに休めなくなるだろう。中3は受験があるし、高校になれば、いやもう中学の途中ぐらいから、父親と肩を並べて歩くなんて勘弁してくれ、ってことになっていくだろう。
 今思えば、あのときの北海道旅行は、父にとってこそ「宝物のような時間だった」のかもしれない。

日本経済新聞プロムナード 2015.7.23


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