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10年前の読書日記4

2013年2月の記
 節分の日は、たいてい私が鬼の役で、紙のお面を被って息子と娘に豆を投げつけられるのが恒例になっているが、いつもやられるばかりでは面白くない。
 そこで、鬼のお面を持って奥へ引っ込み、当然それで来るとみせて、あらかじめ隠しておいたチベット密教の忿怒尊の仮面をつけて、だしぬけに登場すると、娘はビビって布団にもぐりこみ、息子は興奮して、豆を箱ごと投げてくるなど大騒ぎになった。
 ひと通り騒いだあとに、小学生の息子はしみじみと「お父さんは凄いなあ」とつぶやき、どういうわけか尊敬の念を抱いたようであった。
 そうして、あれはどの時点で、どこに隠しておいたのか、いつそれを思いついたのか、と根掘り葉掘り聞いてくる。尊敬してくれるのはうれしいが、感心するところが間違ってると思うぞ息子。
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 高野秀行『謎の独立国家ソマリランド』(本の雑誌社)を読む。
 今月はこれを読んだがために、他のほとんどの本を読む気が失せてしまった。芥川賞作品も1冊読んだのだが、まあうまいのはうまいと思うが、所詮は言葉遊びに過ぎないな、と思ったぐらい、ソマリランドのインパクトがあり過ぎた。
 高野さんは、エンタメノンフ文芸部を創設したりして、小説分野にも進出したがっているけれど、これを読む限り、小説なんか書く必要はないだろう。そんな余計なことしていないで、この独自路線をどこまでも突っ走るべきである。
 旧ソマリアのような紛争地に乗り込む行動力も、その国の政治や国民性について取材し、それを平易に説明する能力もさることながら、普通は重苦しくなりがちなテーマを描いて、シリアスなノンフィクションにすればいくらでもかっこつけられるところを、後味が明るくユーモラスな作品に昇華させるなんて芸当は、彼にしかできないことだ。
 ぜひともこのままいってほしいと思うが、こういうエンタメ色のあるノンフィクションを書いていると、仮に将来、彼がソマリアでイスラム過激派に拉致されたりした場合、世論は、同情するよりも、調子に乗ってるからだ、とかなんとか言い出すんじゃないかと心配である。
 シリアスに書くよりも、ユーモアを交えながら平易に書くほうが読者に親切だし、そのぶん難しい。それでも敢えてそう書くのは、ギャグでもなんでもなく、使命感の表れである。そして、海賊ビジネスの見積もりをとってみたり、難民キャンプを取材して笑顔があふれていると正直に書くようなスタンスがベースにあるからこそ、イスラム過激派はマオイストと同じだというような、視野の広い、斬新な発想も出てくるのだ。
 しかし日本では、そういった書きっぷりが逆にふざけていると思われて、かえって徒になるのではあるまいか。もちろん彼はそんなことは承知のうえで、それでも無難なシリアス路線に逃げなかったところが、また潔いわけだが、こういうことは本人の口からはなかなか言えないだろうから、私が代わってこの場で念を押しておきたい。
 高野秀行はこう見えて真剣にやってるので、日本国民は、彼が一刻も早く、無事解放されることを祈るように(いや、もし今後拉致された場合ね)。

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 寝室の枕元に、いつも1冊の本が置いてある。
 たいていはビジュアル本で、画集だったり写真集だったり、挿し絵の多い本だったりする。寝る前になんとなくページをめくるのだ。
 で、今置かれているのがジュディス・A・マクラウド『世界伝説歴史地図』(原書房)で、アヴァロンだの、プレスター・ジョンの王国だの、シャングリラだの、幻の島や大陸についての地図や図版が豊富である。文章もあるが、ほとんど読まず、ひたすら絵を眺めているだけだけど、その瞬間が幸福だ。
 現実を逃れて、こういう幻想世界に埋没してしまいたいといつも思う。
 けれど実際には子どもの養育費のこととか、雨になるとなぜか庭にネコ糞が落ちていることとか、兵庫県の田舎にある実家の墓が壊れそうになってて修理したほうがいいのかどうかとか、体の不調とか、そういう面倒くさい幾多の事柄が、頭の内側から私を引っ張って、気持ちよく埋没させてくれない。
 いい加減に、幻想と現実のバランスをちゃんとしないと、このままでは完全に現実世界の住人になってしまいそうだ。

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 4月に新刊を出すので、その校正作業。
 17世紀前後にヨーロッパ人によって描かれた日本についての図版集。なかでも来日もせずに描かれたモンタヌスなる人物の絵がデタラメで面白いので、前々から誰か本にしてくれないかと思っていた。が、とくに誰も本にしないので、自分でやることにしたのだ。
 まさに幻想と現実のバランスが、ちゃんと狂った、枕元に置きたい本になる予定。
 これまでに出してきた単行本より判型が大きく、ただそれだけのことが、自分の物書きとしての幅が広がったような錯覚を起こさせうれしい。が、実際は自分が描いたわけでなく、モンタヌスが描いたものを私がまとめてコメントつけただけなのだった。
 いつか自分が描いたイラストや絵の本が出せるようになりたいものだ。


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 高野さんの『謎の独立国家ソマリランド』に触発され、自分はこれから何をライフワークとしていくのだろうかと考えながら、仕事サボって、久しぶりに高尾山のリフトに乗りに行った。
 森の中に、少し春の気配が漂っていた。



本の雑誌2013年4月号より転載

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