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「9.11が変えた世界 運命の3人」 ―勇気なき言論は国や世界を危うくする

 11日に放送された「映像の世紀バタフライエフェクト 9.11が変えた世界 運命の3人」(NHK)では2001年911同時多発テロによってドナルド・トランプ前大統領、コリン・パウエル元国務長官、バーバラ・リー下院議員(1946年生まれ)の3人の人生が変わり、交差する彼らの主張や行動が紹介されていた。

対テロ戦争に反対したバーバラ・リー下院議員


 コリン・パウエル元国務長官は911の同時多発テロが発生した時、米州機構会議出席のためペルー・リマにいたが、「アメリカは犯人を法の下に裁き、悲劇の始末をつけると確信していただきたい。」と述べた。この主張はまったく正しいものだった。テロを起こした者たちは裁判にかけ、犯罪に見合う刑罰を受けさせればそれでよい。しかし、アメリカは戦争でテロの制圧や撲滅を考え、テロとは何の関係もない多数の一般市民の犠牲をもたらし、中東イスラーム世界の側の強い反発を受けることになる。

理性的な彼がどうしてこんな発言をしてしまったんだろう?


 911の同時多発テロが発生すると、ドナルド・トランプ氏はトランプ・タワーから世界貿易センターに旅客機が突入するのを目撃し、「本当に驚くべきことだが、今日でアメリカは変わった。この先何年もの間これまでとは違う国になるだろう。」と語る。彼は、トランプ・タワーは実際には58階までだが、68階と売り込むような人物だった。そのメンタリティーが変わらぬまま大統領時代にも枚挙にいとまがないほど平気でウソをついていた。

若い時から軽佻浮薄な感じだった


 911の3日後、テロ組織のリーダー、オサマ・ビンラディンと彼をかくまうアフガニスタンのタリバン政権に対する武力行使を大統領に一任するという決議(武力行使承認決議)が連邦議会で採択された。下院では賛成が420人、反対が一人だったが、ただ一人反対したのはバーバラ・リー議員だった。彼女は議場で「9月11日は世界を変えました。底なしの恐怖のなかに私たちはいます。それでもアメリカへのさらなる国際テロを軍事行動で防ぐことができるとは思えません。反対投票がどんなに難しくても誰かが自制を唱えなければなりません。」と述べた。

 2002年後半になると、ブッシュ政権はイラクに軍事介入の軸足を動かしていく。国際社会を説得する人物として選ばれたのが穏健派と目されるパウエル国務長官だった。2003年2月5日、パウエル氏は国連安保理で「フセイン政権が大量破壊兵器の製造を秘密裏に進めているのは事実だ。」と訴え、翌日行われたABCの世論調査では国民の71%がパウエル氏の安保理での演説がイラク攻撃への説得力があったと回答した。

 日本の小泉純一郎首相もパウエル演説翌日の2月6日に国会で「イラクの大量破壊兵器に関する疑惑というものは深まっている。これは国際社会の共通した認識だ。これにいかに誠実にこたえるかということが問われている。」と答弁した。

これでは主体性が感じられない


 大量破壊兵器がなかなか見つからないとパウエル氏は「我々が偽の情報を流したのではないかという批判は言語道断だ」と述べたが、2004年9月、イラクが大量破壊兵器を保有していないことがついに明らかになった。パウエル氏は「大量破壊兵器はまったく見つからず今後も発見されることはないだろう。」と述べ、「この問題を嗅ぎつけられなかった自分自身に最も怒りを覚える。汚点は汚点として認めるしかない。大量破壊兵器がないとわかっていたら戦争はしなかっただろう。この件が私にも私の国連演説にも汚点として残ることは間違いない。」と自省した。2005年1月パウエル氏は辞表を提出する。

 ドキュメンタリーで紹介された911をめぐるパウエル氏やリー氏の発言や行動は現在の日本や日本人にも教訓を与えるものだ。パウエル氏の国連演説は彼自身の人生の汚点になるものだったが、真摯な反省の言葉を残した。それに対して小泉氏はいまだに「査察を受けなかったイラクが悪かった」などと話している。小泉氏はイラクが大量破壊兵器を保有しているのは「国際社会の共通した認識」と語ったが、そのような認識をもっていたのは米英と、あと日本などごくわずかな国に過ぎなかった。小泉氏の発言には「米国=国際社会」という日本政府の恥ずかしい国際社会認識がある。

 不合理なことに一人でも声を上げたリー氏の姿勢は、社会のあらゆるレベルにおける「寄らば大樹の陰」の姿勢がいかに国を危うくするかをあらためて教えている。集団的自衛権、反撃能力、防衛費倍増などに異論をもち反対する与党議員の声はほとんどなく、日本は一歩ずつ戦争をする国になっている。

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