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テロと民主主義は反比例 ―トランプ銃撃の場合

 米国のトランプ前大統領が銃撃されて負傷した。テロは民主主義の発展とは反比例するように発生するが、今回の銃撃はトランプ氏自身がもたらした米国の民主主義が後退する中で発生したように思われる。暗殺という手法は民主主義への重大な挑戦だが、トランプ氏は民主主義とは逆行するような傾向を煽ってきた。

 22年10月、アメリカのナンシー・ペロシ下院議長のサンフランシスコの自宅に男が押し入り、夫のポール氏の頭部をハンマーで殴り頭蓋骨骨折という重傷を負わせたことがある。男は「ナンシー・ペロシはどこだ?」と叫んでいた。21年1月6日に米連邦議事堂に押し入った集団も同様に下院議長執務室に侵入して「ナンシー・ペロシはどこだ?」と叫んでいた。

ペロシ氏はトランプと対立 https://newspicks.com/news/7391832/body/


 トランプはペロシ議長のことを「クレイジー・ペロシ」と形容し、ペロシ議長が民主主義に対する戦争を繰り広げ、憲法への忠誠を破り、米国家を裏切ったなどとも表現していた。21年1月6日の連邦議事堂襲撃も、またペロシ宅襲撃のそれもトランプの扇動によって起こされたことは明らかで、トランプ氏は事実上テロの教唆を行った。

 連邦議事堂襲撃の際、前年の大統領選挙に敗れたトランプ氏はホワイトハウスに隣接するエリプス広場で演説し、「ペンシルベニア大通りを歩いて行こう、私はペンシルベニア大通りが大好きだ、そして議事堂へ行こう」などと支持者たちを扇動する演説を行っていた。このトランプ氏の扇動的なスピーチが議会襲撃事件の背景となったことは明らかだった。

2021年1月6日 米連邦襲撃事件 トランプ支持者は教育のない階層という印象だ https://jp.reuters.com/world/us/XO5PZJS3A5OLXDXAZQI3VLZHA4-2024-04-17/


 トランプ氏のナショナリズム、ポピュリズム、暴力を煽るという手法はイタリア、ムッソリーニのファシズムとも似通っていた。トランプ氏は「米国を再び偉大にする」というナショナリスティックなスローガンをソーシャルメディアによって訴え、大衆の関心や支持を獲得していった。ムッソリーニの民兵組織「黒シャツ隊」は社会主義者や、ムッソリーニ個人の政敵に対する暴力を行使し、1922年にローマ進軍で政権を掌握した。

 トランプ氏に対する銃撃は今回が初めてでない。1回目の大統領選挙の際、2016年6月にラスベガスでトランプ氏を狙った銃撃事件が起きた。トランプ氏はムスリム社会が犯罪の温床となると訴えていたが、彼を狙ったのはムスリムではない白人のイギリス人だった。トランプ前大統領は、アメリカはクリスチャンの移民・難民だけを受け入れるべきだと主張し、ムスリム難民はアメリカ社会を危険に陥れると訴えていたが、毎年1万人以上は銃で亡くなっている米国の銃に伴う事件とムスリムはほとんどといってよいほど関係がない。シリア難民の受け入れに反対したトランプ氏は銃規制に反対することを誇っていた。

 また、トランプ氏は18年2月、フロリダ州の高校で銃乱射事件が発生したのを受けて教師や学校職員を銃器などで武装させるという珍妙な提案を行い、「火器の扱いにたけた教師がいれば、非常に早い段階で襲撃を終わらせることができただろう」とも述べた。

 トランプ氏はアメリカ社会に極端な暴力的傾向をもたらしてきたが、今回の銃撃事件は彼の銃規制への反対とともに、“What goes around comes around”(因果応報)という言葉を想い起こさせる。トランプ氏が米国社会にもたらした極端で、不寛容な傾向が今回の銃撃事件もたらしたと言えるだろう。

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=J8AFcRVFpN4


 トランプ氏とは真逆のように、イスラム神秘主義と日本では訳されるスーフィズムは、中庸と寛容、愛を強調する。米国社会でルーミーのようなスーフィの詩作が受け入れられるのは一つにはトランプ的な排除、不寛容の発想への反対からという気がする。
下は愛と寛容の中庸を説くスーフィの言葉である。

あなたの人間関係において、もしあなたがかりに横柄な人物に出会ったとしたら、理解と寛容を示しなさい。そしてもしあなたに害を与える人に出会ったら、寛大さで応えなさい・・・いつでも平和と調和の余地を残しておきなさい。(スラミー、1021年 没)

(リアナ・トルファシュ(前筑波大学教授、筑波大学非常勤講師)「キリスト教とイスラーム間の宗教間対話 ――霊的道の役割――」より)


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