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「春分の日」の情感とノウルーズ、「この一瞬を大切に生きよう」と呼びかけるイランの詩人たち

 春分の日は、日本の国民の祝日だが、年によって日にちが違う。今年は今日(20日)が春分の日で、天文観測によって太陽が春分点を通過した日となる。

 メソポタミア文明のバビロニアでは、春分の日の新月が現れた時が新年の始まりで、アッシリアでは秋分の日に最も近く現れた新月をもって新年とした。メソポタミア文明は、春分の日を新年としたバビロニア人たちに見られるように、数学や天文学でも多大な貢献をした。六十進法の算術や角度は現在でも用いられている。たとえば、一時間が60分というのもバビロニアの遺産である。イランなどで祝われる「ノウルーズ(「新しい日」の意味)」もこのバビロニアの新年に起源をもつとされる。

ウズベキスタンのノウルーズ https://www.telegraph.co.uk/travel/picturegalleries/8396402/Spring-festivals-around-the-world.html?image=3


 おおよそノウルーズは日本の春分の日に相当する。国連総会は、2010年2月にペルシア文化に影響を受けた人々が祝う「3月21日」を「ノウルーズ国際デー」として認めた。イランではイスラム誕生以前に起源をもつ唯一の国家祭日で、中央アジアの5カ国も国家の祝日としている。トルコでは、ノウルーズを祝うクルド人との融和のために、国民の休日となっていて、トルコ系の民族であるウイグルの人々もノウルーズを祝う。2016年にノウルーズはユネスコの無形文化遺産に登録されている。

 ノウルーズではハフト・スィーン(スィーン[アラビア文字でSの音を表す文字]で始まる七つのもの)、すなわちリンゴ、ニンニク、酢、コイン、ウルシの実、青草、とサマヌー(甘いプディング)が飾られる。青草の大麦の種は、ノウルーズの15日前に蒔かれるとされ、その新芽は新年を象徴するものと考えられている。

ノウルーズの供え物 ハフト・スィーン https://surfiran.com/nowruz-joyous-celebration-life-family/


 ペルシアの詩人、オマル・ハイヤーム(1048~1131年)は『ルバイヤート(四行詩集)の中で「酒をのめ、それこそ永遠の生命だ、/ また青春の唯一(ゆいつ)の効果(しるし)だ。/ 花と酒、君も浮かれる春の季節に、/ たのしめ一瞬(ひととき)を、それこそ真の人生だ!」(小川亮作訳)と無常なる春の情感を詠んでいる。

 ハーフェズの詩の一節に
「さあ、希望の城はひどく脆い礎なのだから
 酒をもて、人生の礎も風に漂うごとく脆いのだ」
というものがある。

 東京外国語大学のペルシア文学研究の佐々木あや乃さんはこの詩について、
「現代に生きる我々も全く同じことを思う。人間の生命は儚く、明日が必ず訪れる保証はない。しかし、だからといってハーフェズは刹那主義を振りかざしてなげやりな人生を勧めているわけではない。今を、この一瞬を大切に生きようという思いを込め、相手(読者)に呼びかけているのである」と解説している。(「ハーフェズ詩注解 (7)」- 東京外国語大学論集82号、2011年)と書いている。

 また、ハイヤームにも次のような詩がある。

明日のことは誰にもわからぬ、
明日のことを思うは無益なこと。
心が覚めているのなら、この一瞬を無駄にするな、
命の残りは限りあるものなのだから。

オマル・ハイヤーム/岡田恵美子訳『ルバイヤート』

 映画『いまを生きる』(原題: Dead Poets Society、1989年)の中でロビン・ウィリアムズが演ずる英語教師ジョン・キーティングは「今を生きろ、若者たちよ。すばらしい人生をつかむのだ。」だと生徒たちに説く。人生には詩、美、ロマンス、愛情など遭遇すべきものがあふれているとキーティングは語る。

映画「いまを生きる」より https://cinemore.jp/jp/erudition/545/article_559_p1.html


 今を大切に生きることを教えるハイヤームの「ルバイヤート」は作家の陳舜臣にも生きる勇気を与えた。陳舜臣訳『ルバイヤート』(集英社、2004年)の序文には次のように書かれている。

 「ルバイヤートは私の青春とともにあった。(中略)戦時中の仕事なので、とくに忘れられない。死生観について、日常のことなので、いつも考えていた。同級生たちは大部分がすでに戦地へ行っていた。そのような状況のなかで私はルバイヤートを、辞書を片手に、それこそ精読していたのである。(後略)」

 ハイヤームの作品の中に表れる死生観、無常観は、自らの命がいつ終わるかもしれなかった当時の日本の若者たちには共感、共鳴できるものだったに違いない。


日本の古本屋より


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