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緒方貞子さんが日本人に残した言葉 -国際的責任

 国連難民高等弁務官や国際協力機構(JICA)理事長を努めた緒方貞子(おがた・さだこ)さんは、
「ヒューマンであれ(be humane)」
 と語っていた。

避難民の一時居住地を視察し、話を聞く緒方貞子アフガニスタン支援日本政府代表(当時)=2002年1月、アフガニスタン・イスタリフ https://digital.asahi.com/art.../photo/AS20191029000886.html


 難民高等弁務官退任後はアフガニスタン復興支援日本政府代表を務めたが、緒方さんはアフガニスタン人の誇りを取り戻すために、陶器の街イスタリフの復興を唱えた。イスタリフを含めた国際交流基金のアフガニスタンの文化復興支援の調査チームに参加したことがあるが、街は1990年代の内戦で廃墟となっていた。国際交流基金の招聘で、2005年に13人の陶工たちが来日して、日本の陶芸技術を学び、2008年にはイスタリフのバザールでは100店以上の陶器店が並ぶほどにまで復興した。

アフガニスタン・イスタリフ 2002年7月


 また、アフガニスタン南部のタリバンの拠点で、米軍が開始したアフガン戦争後、激戦地であったカンダハルに行くと、通称「オガタ・ロード」というJICAが造成した道路があり、街の幹線道路として機能し、緒方さんの名前は現地で広く知れ渡っているようだった。ちなみにアフガニスタン戦争におけるカナダ兵の犠牲者165人のうち、そのほとんどがこのカンダハルやその近郊で犠牲になっている。「オガタ・ロード」はカンダハルの復興のシンボルのように見えた。

カンダハルの「オガタ・ロード」


 緒方さんはシリア難民の受け入れに消極的な日本政府の姿勢に対して「けちくさい『島国根性』ではないか。『積極的平和主義』というのなら、もう少し受け入れなければならない」と語る。急速に少子高齢化する日本は「合法的な外国人労働者の受け入れと難民への対応を見直していく時期に来ている」と緒方さんは考えた。(緒方貞子『私の仕事 国連難民高等弁務官の10年と平和の構築』朝日文庫)

 「日本の指導者は日本の国是についての明確な感覚を失いました。内向き志向はナショナリズムを生み、外交は沈鬱な国内のムードを反映するものとなりました」「(日本もアメリカも)国際的責任という意識が後退し、外交政策がポピュリズムに左右されるようになっていると感じていました」

 これらは緒方さんが2001年10月にハーバード大学で「グローバルな人間の安全保障と日本」と題する講演の中で語られた言葉だが、現在の日本、あるいはアメリカ外交によく言い得るだろう。また、日本人の関心が顕著に内向きになっている。

 日本に避難を求めてやって来る難民たちがいるが、その圧倒的多くが難民認定されず、先日も書いた通り、入管ではハンガー・ストライキが多発するようになった。日本の「国際的責任」とは何か、政府も国民も真剣に考えなければならない。


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