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希望をもって目的に向かえば未来は必ず開かれる ―ドイツ・メルケル元首相

 6月6日、「映像の世紀バタフライエフェクト 選『ベルリンの壁崩壊 宰相メルケルの誕生』」が放送され、タイトルの通り人々から自由を奪い、絶望の下に置いていたベルリンの壁が崩壊するプロセスを、メルケル元首相を中心に、また歌手のニナ・ハーゲン、自由を求めて立ち上がった学生のカトリン・ハッテンハウワーという3人の旧東ドイツの女性たちの視点から紹介するものだった。

楽天ブックスより


 冒頭でメルケル氏の「ねたんだり悲観したりせず希望をもって目的に向かえば未来は必ず開かれる。私は心の中でいつもこのことを守ってきました。それは東ドイツ時代においても、そしてその後つかみとった自由の下でも・・・」という言葉が紹介される。

 この想いは彼女の確信だったようだ。2019年5月にハーバード大学卒業式の講演では、「不変に見えることも、本当は変わりうる」とも語った。メルケル氏がそう感じたのは、東独出身の彼女の様々な機会を奪い、東西冷戦の象徴であったベルリンの壁や、冷戦構造そのものが崩壊したことを指している。

 不変と思われたものも変わり得るというのは国際政治を考える上で欠かせない視点であり、日本の政権は特に近年、米国との同盟関係を重視してきたが、軍事力、経済力による米国の強さも変化しうるものであることに注意せねばならない。

トランプにもはっきりモノを言う人だった http://gorilla6699.livedoor.blog/archives/6770206.html


 東西ドイツが統一され、メルケル氏が女性・青年担当大臣になると、テレビでニナ・ハーゲンと対談の機会があった。テーマは若者の薬物の問題だったが、メルケル氏がソフト・ドラッグを認めることが犯罪を減らすことになると主張すると、ニナ・ハーゲンは激高して「すぐその話になるのね!最低ね!あなたの偽善にはうんざりだわ!」と言って番組の途中で席を立ってしまう。メルケル氏は微笑みを浮かべながらニナ・ハーゲンをひきとめ、対話を継続しようという姿勢を見せた。

 普通、自分に罵声を浴びせた人間には肯定的ではない感情をもつことになるが、メルケル氏が2021年の退任式で楽隊にリクエストした曲はニナ・ハーゲンの東独時代のヒット曲「カラーフィルムを忘れたの?」だった。メルケル氏の人間としての器の大きさをあらためて知るエピソードだったが、彼女はいろんな機会で「寛容」を強調していた。

「この曲は私の青春時代のハイライトでした。いろんなことが私の体験と重なっているのです。東ドイツ時代に味わった独裁制や秘密警察の盗聴の経験から民主主義は私にとって特別なことであり続けています。この国に自由が向こうからやって来たのではなく、私たちが勝ち取ったのです。その裏には旧東ドイツで危険を冒してまでも自由と権利のために戦った人々がいました。だからこそ私たちは民主主義を守らなければなりません。民主主義はいつもそこにあるものではないのです。」

 メルケル氏は退任直前の2021年10月3日、東西ドイツ統一31周年の記念式典で演説し、「出会いにオープンであること、お互いに好奇心を持つこと、自分の話をすること、そして違いを許容すること。これは31年間のドイツ統一から得られた教訓だ」と涙ながらに語った。このメルケル氏の言葉は外交についても言い得る言葉で、互いに違いを許容することが紛争の予防や解決のカギになる。ウクライナに侵攻したロシアとも不断の対話が求められていることは間違いない。ロシアのプーチン大統領は2007年1月、ソチでのメルケル元首相との会談の席上、メルケル氏が、犬が嫌いなことを知っていてわざと飼い犬を放った。「あのやり方には覚えがある。人の弱みをつかんで利用するKGBの典型なの。」それでもプーチン大統領の対話を、彼がクリミア半島を力ずくで併合した後も西側で最も熱心に続けた。

プーチン大統領も一目置いていた ロイターより


 メルケル氏の政治生活を振り返って見ると、私たち日本人は民主主義をあまりに粗末に扱っていないかと思えてくる。アラブの国から国会に一度も出席しなかった元参議院議員が薄笑いを浮かべながら帰国してきた。彼を当選させたのは日本国民で、その無責任な行動に日本国民も責めを負わなければならない。

 また、ロシアのウクライナ侵攻は国際法に違反する不当なものだが、それでもロシアの言い分を聞かなければ、ロシアはますます頑なになってしまうだろう。メルケル氏の手法や姿勢を日本の政治家たちは学んでほしいし、私たち日本人は命がけで民主主義を手に入れた旧東ドイツの人々のように、民主主義に真剣に向き合っていかなければ、誰かに奪われてしまうことになりかねない。


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