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ユダヤ教のヒューマニズムと「一人の生命を救う者は誰でも全世界を救ったのと同じだ」

 アメリカの反セム(ユダヤ)主義の防止や抑制を目指す「名誉毀損防止同盟(英語: Anti-Defamation League、略称: ADL)」は、1月7日、昨年10月7日のハマスによる奇襲攻撃後、アメリカで反セム主義による事件が360%増加したと報告した。イスラエルのネタニヤフ政権によるガザ攻撃がユダヤ人そのものに対するネガティブな印象となっている印象だが、イスラエル国家を建設したイデオロギーであるシオニズムとユダヤ教の教えとは異なる。

 ユダヤ教もイスラムと同様に日本では馴染みの薄い宗教だが、旧約聖書に出てくるヘブライ語の「ツェデク(男性名詞、女性名詞はツェダカー)」は「義」を意味するが、正義は神の支配の最も根本にあるものであり、神ヤハウェは正しい裁きを行うことによって、虐げられている人、貧しい人、やもめ、孤児(みなしご)など弱者を救済するとされる。「アラブに死を!」「アラブの村を焼け!」「第2のナクバ(1948年のイスラエル独立をめぐる中東戦争で多数の犠牲者、難民が出たパレスチナ人の大災厄)が起きるように!」などのイスラエル極右のスローガン、あるいはガザ攻撃を継続するネタニヤフ前首相などのイスラエルのタカ派の考えはこうした旧約聖書の教えと相容れないもので、ユダヤ教のヒューマニズムとは対極にある。

 ユダヤ人の科学者アルベルト・アインシュタインのヒューマニズムもユダヤ教の文化を背景にするものだった。アインシュタインは、ナショナリズムを「乳児的」なものとして嫌い、生まれ育ったドイツがナショナリズムの熱狂から第一次世界大戦に参加することに反対した。1933年にナチス・ドイツが政権に就くと、ドイツの市民権を放棄し、ナチスの迫害を受けるユダヤ人がアメリカに移住することを支援する資金集めに奔走した。1940年代の終わりにはマッカーシズムに反対し、アメリカのソ連との対決姿勢、冷戦構造を嫌悪した。アインシュタインは、ユダヤ人国家の創設には賛成したけれども、それはユダヤ人がアラブ人と同等の権利をもつ、アラブとユダヤが共存する国家を構想するものだった。

私たちの政策の最も重要な側面は私たちの中に住むアラブ市民に完全な平等を確立したいとう常に存在する明白な願望である。・・・アラブのマイノリティーに対する姿勢は人間としての道徳的、倫理的基準の真の試験となる https://quotesgram.com/einstein-quotes-about-israel/


 ドイツ出身のユダヤ人で、社会心理学者・精神分析家のエーリツヒ・フロム(1900~80年)はファシズムを非難し、孤独を忘れようとする人間の習性がファシズムをもたらしたと主張した。フロムは人間がいかに生きるべきかの回答の中で理性と愛を育むことを説く。彼は、旧約聖書の中では隣人愛、よそ者、親しくない者を愛すようにというヒューマニズムが語られていると指摘する。


 フロムは、「人間はいかに生きるべきか」への答えとして、なによりも人間存在の内に「理性」と「愛」を発達させることを勧める。旧約聖書の書の中には「寄留者をあなた自身のように愛しなさい」(『レビ記』)「居留者を虐げてはいけない。あなたたちは寄留者の気持ちを知っている。あなたたちはエジプトの国では寄留者だったからだ」(『出エジプト記』)などと記されているが、フロムは「一人の生命を救う者は誰でも全世界を救ったのと同じだ。一人の生命を滅ぼす者は全世界を滅ぼしたのと同じだ」というヒューマニズム思想を提唱した。

 しかし、イスラエルの国家原理となっているシオニズムはこのような輝かしいユダヤ教の宗教原理とは相容れるものではないとユダヤ人の物理学者で、ホロコースト生存者であったハージョ・マイヤー博士(1924~2014年)は主張している。彼によれば、シオニズムによるイスラエルの「民主主義」はシオニストのためのものであり、パレスチナ人をも対象とする民主主義ではない。政治シオニズムは外国人嫌い、ナショナリズム、植民地主義、人種差別主義の性格をもっている。つまり旧約聖書の言葉を借りれば居留者を虐げるような排他主義なのだ。

 ドイツ出身のユダヤ人の哲学者ハンナ・アーレントは、恐怖支配の犠牲者は、支配する側のイデオロギーによって人間性を奪われ、残酷にその法的権利や彼らの道徳的、実存的尊厳が奪われると主張した(アーレント『政治的ヒューマニズム』)。実際、現在のガザ住民たちは支配する側の極端なイデオロギーによって人間性を奪われるという恐怖支配の犠牲者になっている。

“Politically speaking, tribal nationalism always insists that its own people is surrounded by “a world of enemies,” “one against all,” that a fundamental difference exists between this people and all others. It claims its people to be unique, individual, incompatible with all others, and denies theoretically the very possibility of a common mankind long before it is used to destroy the humanity of man.” 「政治的に言えば、種族的ナショナリズムは常に、自国民が「敵の世界」によって囲まれ、「一対全員」、この国民と他のすべての国民の間には根本的な相違が存在すると主張する。それは、自国の人々はユニークで個性的であり、他のすべての人々とは相容れないものであると主張し、人類の共通性を否定、人間性を破壊するために利用される。 https://imgflip.com/i/6r6vhe


 ユダヤ人の詩人ハインリヒ・ハイネ(1797~1856年)は、「人間を照らす唯一のランプは理性であり、生の闇路を導く唯一本の杖は良心である。」(ハイネ 『ドイツの宗教と哲学』)と説いた。ナショナリズムは、理性とも良心とも対極にあり、その自己陶酔がどこまで行くかわからない、果てないことは、イスラエルの極右がガザの人々をアフリカのコンゴにまで移送すると考えることにも表れている。


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