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暴力の連鎖は意味がない ―スティーヴン・スピルバーグ監督

 アメリカの映画監督のスティーヴン・スピルバーグ氏は、映画「ミュンヘン」(2005年)で暴力の連鎖がいかに意味のないものであるということを描きかたったと述べている。この映画は1972年のミュンヘン・オリンピックの際のイスラエル選手・コーチが犠牲になった事件後に、イスラエルの治安・軍機関がイスラエルの安全保障のためにパレスチナ人指導者たちをヨーロッパ諸国やレバノン、キプロスなどで次々と殺害していく様子を描いている。暴力の空しさを表現したスピルバーグ監督はイスラエル右翼から「反イスラエル」と批判を受けた。

映画「ミュンヘン」


 イスラエルの国内治安機関シャバクは10月7日のイスラエルへの奇襲攻撃を行ったハマスの指導者やメンバーたちを暗殺する「ニリ」という特殊部隊を創設することを明らかにした。

 このニュースに接してスピルバーグ監督の映画「ミュンヘン」と、彼の作品意図の言葉を思い出さざるをえなかった。1972年のミュンヘン・オリンピックの際にパレスチナの武装組織である「黒い九月」はイスラエルの選手、コーチ11人を監禁、拉致し、西ドイツ警察の制圧の中で拉致された選手・コーチ全員が犠牲になると、イスラエルの情報機関モサドは「神の怒り作戦」を開始し、その実行犯たちやPLO(パレスチナ解放機構)の指導者たちの暗殺を次々と実行していった。

私たちの唯一の目標は、世界に平和、友情、理解を味わってもらうことです。それは視覚を通じて、人生を祝福する芸術なのです。ースピルバーグ監督 https://www.azquotes.com/quote/137205


 モサドは、フランス・パリ、ノルウェー・リレハンメル、レバノン・ベイルートなどで暗殺作戦を実行していったが、他国の主権を侵害しての暗殺はイスラエルへの国際的評価を著しく下げるものであった。実際、ノルウェーの当局はモサドの要員たちを逮捕して、禁固刑を科した。

 2000年9月、イスラエルの右派政党リクードのアリエル・シャロン党首がエルサレムのイスラムの聖地ハラム・アッシャリーフに足を踏み入れたことを契機に、パレスチナで第二次インティファーダ(蜂起)始まると、その年の11月にパレスチナ人指導者に対する「暗殺作戦」に着手し、ハマスの精神的指導者アフマド・ヤースィン師(2004年3月)、その後継の指導者アブドゥル・アズィーズ・ランティスィ(2004年4月)を立て続けに殺害した。これがハマスのイスラエルに対する払拭しえない不信になったことは間違いなく、ハマスとイスラエルの暴力の応酬は2014年夏のイスラエルのガザ攻撃や、今回のようなハマスの奇襲攻撃となり、和平進展の重大な障害となって大勢の市民の犠牲をもたらしている。

ハマスの精神的指導者であったアフマド・ヤースィン師 イスラエルが2004年3月にミサイル攻撃で暗殺 車椅子に乗る老人がイスラエルの安全上の脅威には見えなかったが・・・


 ミュンヘン・オリンピック事件の実行犯8人のパレスチナ人のうち5人は殺害された。拘束された3人は1972年10月29日にルフトハンザ機がハイジャックされると乗客の安全と引き換えに釈放された。これらの3人はジャマール・アル・ガシー、アドナン・アル・ガシー、ムハンマド・サファディであるが、アドナン・アル・ガシーとムハマド・サファディはその後モサドによって殺害された。ジャマール・アル・ガシーは北アフリカに逃亡して潜伏生活を余儀なくされている。

映画「ミュンヘン」ではパレスチナ側も女を使ってモサド要員を殺害したが・・・ 俳優はマリ=ジョゼ・クローズ


 ミュンヘン事件の「首謀者」とイスラエルが判断したアリー・ハッサン・サラメは、1979年1月22日に4人のボディガードとともに、乗車するシボレーのワゴンが遠距離爆破装置で爆破され、死亡した。

 暴力の連鎖は意味がないと訴えたスピルバーグ監督はイスラエル右翼から「反イスラエル」と批判を受けたが、イスラエルによるパレスチナ人への暗殺作戦はこの1970年代から現在に至るまでイスラエルの安全保障を高めることに役立っていない。


映画「ミュンヘン」より キプロス島・ニコシア島での暗殺 https://www.rottentomatoes.com/m/munich

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