見出し画像

戯曲『神さまーバケーション #2 七夕』

「神さまーバケーション ♯2 七夕」登場人物

野俣夢(33) 【失業者】
神様(?) 【神様】
心野琴世(21) 【巫女・大学生】

1. 図書館・机・午後4時・内
「7月7日①」


SE:風の音

夢(N) 「人生は、夢にも思わないようなことが起こる。親の再婚で同居することになった連れ子がクラスメイトだった、だとか、まがり角でぶつかった女の子と入れ替わった、だとか、トラックに惹かれたら異世界に転生した、だとか。はたまた、会社をクビになったから神社に神頼みに来たら神様に頼まれごとをされるようになった、だとか。そんな夢のような、信じられない話が僕の身にも降りかかった。それから、僕のいつ終わるかもわからない夏休みが始まった」

M:メインテーマ
野俣夢(のまたゆめ)がテーブルに座り本を読んでいる。
そこに心野琴世(こころのことせ)が近づいてくる。

琴世 「何読んでるんですか?」
夢 「うわあっ!」
琴世 「しーっ!図書館ですよ、お静かに」
夢 「いや、突然声をかけるから。って、その格好できたの?」
琴世 「はい。すぐとなりなので」
夢 「そうだけど、さすがに目立つね、巫女姿は」
琴世 「それにも気づかないほど、すごい集中されてましたね」
夢 「読みだすとね、つい夢中になっちゃうんだ」
琴世 「わかります。普段はいろいろ気になって集中できないのに、入り込むと周りには目もくれず夢中になってしまう」
夢 「すごい、琴世さん、エスパーみたいですね」
琴世 「コホン」
夢 「あー、えーっと。琴世チャン、エスパーミタイダネ」
琴世 「巫女です」
夢 「巫女って人の気持ちまでわかっちゃうんだ」
琴世 「巫女は関係ないですけど。でも、人の気持ちがわかっちゃうのはあるかもしれません」
夢 「やっぱり、エスパー?」
琴世 「夢さんもなんじゃないですか?」
夢 「え?」
琴世 「人の気持ち」
夢 「いやあ、わかってるのかなあ、わからないよ」
琴世 「そうですか。それで、なに読んでらしたんですか?」
夢 「ああ。今日、七夕だろ?だから、七夕について調べてたんだ。知ってるつもりだったけど、知らないこといっぱいだね」
琴世 「それなら、この町にも七夕の伝説があるの、知ってますか?」
夢 「知らない、どんなの?」
琴世 「神社の北にある川向こうに住んでいた男性と、こちら側に住んでいた女性が恋に落ちて、ある大雨の日に男性が川を渡って会いに行こうとして、そのまま流され死んでしまったのです。そして、それを悲しんだ女性は川に身を投げてしまった。めでたくないめでたくない」
夢 「なんか、本物よりだいぶ悲劇だね」
琴世 「織姫と彦星は年に一度は会えますからね。死んでしまっては会うこともできないんだから」
夢 「年に一度は会える恋か。そのほうがずっと恋してられるのかもな」
琴世 「ところで夢さん。神様がお呼びです」
夢 「えー。行かなきゃだけかな」
琴世 「早くしないとすぐに日が沈みますよ」
夢 「え、もう!?」
琴世 「夏至も過ぎて、だんだん日暮れがはやくなってきます」
夢 「まだ夏は始まったばかりだっていうのに」
琴世 「ずっと夕方でいいのに」
夢 「ん?」
琴世 「私、夕方って好きなんです。帰る時間じゃないですか」
夢 「はやく帰りたい?」
琴世 「そうですね、少なくとも夢さんがここでごねていたらいつまで経っても帰れないです」
夢 「ご、ごめんなさい」
琴世 「私を帰らしたくないのならいいですけど」
夢 「さあ、行こうか、神様がお待ちだ!」

M:場転


2. 神社・本殿・午後4時・外
「7月7日②」

SE:ひぐらしの鳴き声
神様がつまみ食いしているところに琴世と夢がやってくる。

琴世 「神様、連れて参りました」
夢 「お待たせしました」
神様 「本当じゃ!わしを誰だと思っとるんじゃ!」
夢 「お供え物をつまみ食いするような意地汚い神様です」
神様 「意地汚いとはなんじゃ!神前に供えたのならこれはわしのじゃろう、いつ食おうとわしの勝手じゃ!わしは好きなものは好きなときに食う。そうでないもんは残しておくからありがたくお下がりにするがええ」
夢 「…まあ、いいですけど。それで要件は?新しい頼みごとですか?」
神様 「おぬし、これはなんじゃ?」
夢 「え?」
神様 「この短冊。“はやく新しい仕事に就けますように”とは!この前、阻止したというのに、わしの隙をついて書きおったな」
夢 「願いを叶えさせないようにするとか、どんな神様だよ」
神様 「そもそも、こんな願い、短冊に書くもんではにゃあぞ」
夢 「はあ? じゃあ、どんな願い書けっていうんですか?」
神様 「琴世ちゃんや!」

M:3分クッキング風
(C.I)
琴世 「今日は七夕についてご紹介します。もともと棚機(たなばた)は、古い禊ぎの行事で、豊作や人々の穢れを祓うため、乙女が機で織った着物を棚に供えるものでした。中国で生まれた織姫と彦星の物語と、織姫にあやかった機織りや裁縫の上達を願った文化が日本に伝わり、芸事などの上達を木の葉に和歌を書いてお願いしていたそう。短冊を笹竹に飾るようになったのは江戸時代からだそうです。祭りのあと、笹竹を川や海に流して、穢れを持っていってもらいました。今では織姫と彦星の“再会”という願いから、いろんな願いごとを書くようになりましたが、芸事の上達を願うのがよいかもしれませんね。それではまた次回」
(F.O)
神様 「ちゅうことじゃ」
夢 「結局、今はなんでもよいのでは?」
神様 「ダメじゃ、わしが許さん」
夢 「いや、何様だよ」
神様 「神様じゃ!」
琴世 「神様、お役目は果たしましたので、社務所の片づけに参ります」
神様 「ほむ、ありがとさんじゃ!」
夢 「あ、逃げないで、助けてよ」
琴世 「夢さん、そんなに私を帰らせたくないんですね」
夢 「すいませんでした」
琴世 「では、ごゆっくり」

琴世が社務所に向かう。

夢 「琴世さんのほうがずっと神様っぽいですね。人の気持ちにも敏感だし、気も遣える。誰かさんにも見習ってもらいたいものです」
神様 「気が遣えるちゅうのは、ええことばかりではないじゃろ」
夢 「え?」
神様 「これを見てみい(短冊の一枚を引っ張り、夢に向ける)」
夢 「“父親が帰ってきますように”…これは?」
神様 「琴世のじゃ」
夢 「えっと、あの子のお父さんは?」
神様 「さあな。本人に聞いてちょう」
夢 「いや、そんな、プライベートなこと」
神様 「あの子は気が遣えるぶん、本音が言えんのじゃ」
夢 「それは…わかります、なんとなく」
神様 「あの子を救ってやってちょう」
夢 「それってまさか」
神様 「ほむ。神頼みじゃ」

M:場転


3. 駅・カフェ・午後6時・内
「7月8日」

M:おしゃれな店内BGM
席に座り、読書をする夢。
琴世が向かいの席に座るが気づかない。
コーヒーを啜りながら夢を見つめる琴世。

琴世 「夢さん」
夢 「うわっ!」
琴世 「しーっ。ここカフェですよ」
夢 「いや、だって、突然声かけるから」
琴世 「いや、目の前に座ったのに気づかないから」
夢 「すみません」
琴世 「かまいません。本、好きなんですね」
夢 「んん、まあ、そこそこ」
琴世 「それで、どうしたんですか?こんなところに呼び出して」
夢 「ああ、学校帰りだってのに悪いね」
琴世 「いえ帰り道ですし」
夢 「あ、時間、大丈夫かな、門限とか」
琴世 「お構いなく。母が帰ってくるのは8時すぎなので」
夢 「そう。お父さんは?」
琴世 「うち、片親なんです」
夢 「そっか、ごめん。ちなみに、ほかのご家族は?」
琴世 「母と二人です」
夢 「それじゃあ、あんまり時間はとらせられないね」
琴世 「食事のお誘い、だったらわざわざカフェには呼び出さないですよね。また、なにか調べてるんですか?」
夢 「あー、まあ」
琴世 「お手伝いしますよ」
夢 「それは心強い」
琴世 「ご飯のお誘いも、事前に言っていただければ空けられます。お酒はあんまり飲めませんが」
夢 「いや、僕が琴世ちゃんとご飯食べてたら、なんか、その、変じゃない?その、怪しい関係を疑われる、っていうか…」
琴世 「そうですか?見られてもカップルくらいじゃないですか?大学の同級生でも年上のおじさまと付き合ってる人はけっこういますよ。それとも怪しい関係を望んでいるとか…」
夢 「違う違う!断じて違う!そんな人の目の憚られること、僕はしない!ってか、僕はまだおじさまって歳でもない!」
琴世 「人の目、気にするなら、もう少し声を抑えたらどうですか?」
夢 「はい、すいません」
琴世 「それで。なに、調べてるんですか」
夢 「よし。この際はっきり言おう。神様から君のこと、頼まれたんだ」
琴世 「…私、何かお願いしたっけ?」
夢 「七夕の」
琴世 「ああ」
夢 「だから、君のお父さんについて教えてほしい」
琴世 「不躾ですね」
夢 「君の願いを叶えるためだ」
琴世 「うーん」
夢 「ごめん、言いにくいことかもしれないけど」
琴世 「いや、そうじゃなくて。よく知らないので」
夢 「え?」
琴世 「パパ、父との最後の記憶は、幼稚園の頃が最後だったかな。それからはどこでなにをしてるか」
夢 「お亡くなりになられてたりは…」
琴世 「わかりません」
夢 「うん」
琴世 「ただ。七夕伝説みたいだな、って思ったことがあります」
夢 「え?」
琴世 「神社の、川を隔てたところに住んでいたらしいです、父と母」
夢 「ああ」
琴世 「まあ、逆ですけどね。父が神社側、母が川向こうでしたから。あの神社のあたり、父の地元なんです。二人も七夕伝説みたいに恋に落ちたんでしょうか。それなのに。人って不思議ですね。そんな人でも別れてしまう」
夢 「人生、思い通りにはいかないから」
琴世 「父、作家志望だったらしいんです」
夢 「志望ってことは、作家じゃなかったの?」
琴世 「アルバイトしながら小説を書いて、いろんな賞に投稿して。母も父の状況を理解して付き合った。でも、そんな状態だったから、祖父母は反対したらしいんですけど、母が押し切って結婚したそうです。私ができた、っていうのもあると思いますけど」
夢 「それでも、別れちゃったんだね」
琴世 「別れる頃には、母は仕事の疲れもあってノイローゼ気味で、常に父に当たっていて、父は反論こそしませんでしたが、堪えていたんでしょうね。父は穏やかで、誰にでも気を遣うような人でした。母や祖父母からは悪口しか聞きませんでしたが」
夢 「それは覚えてるんだ」
琴世 「小さい頃の記憶だから、美化されてるかもしれないけど」
夢 「ほかに、思い出は?」
琴世 「んー、動物園に行ったり、水族館に行ったり。水族館の帰りに観覧車に乗って。夕暮れの海が燃えるように赤く染まっていてきれいで、パパ、高いところ苦手なのに我慢して乗ってたらしくって、途中で震えだして。それで母が笑ってたの、よく覚えてます。あの時はまだ好きだったのかなあ」
夢 「なんで別れたの?」
琴世 「さあ。聞いてないですし。聞いても教えてくれないでしょうね」
夢 「お母さん、恐い人なんだね」
琴世 「いえ、とっても優しいですよ。しっかりしてて。小さな会社の社長なんです、母は。だから、はっきりしてるというか。優柔不断な父とは合わなかったのかなあって思ってます」
夢 「優柔不断だったんだ」
琴世 「私の想像です」
夢 「難しいね、人間関係って」
琴世 「ですね。特に恋愛は。私にはできそうにありません」
夢 「したことないの?人を好きになったりとかは?」
琴世 「人は、基本好きですよ。男女問わず友達もたくさんいます。でも、恋愛は、心変わりしてしまうようなものなら、しないほうがいいや、って。そのほうがずっと好きなままでいられると思いませんか?」
夢 「うん、そうだね」
琴世 「夢さんは?今までどのくらい恋してきました?」
夢 「それは、人並みに」
琴世 「すごいなー」
夢 「いや、すごくはないし、僕も失敗の連続だよ」
琴世 「それでもできるなんて、すごい」
夢 「…今でもご両親の再婚を願ってる?」
琴世 「私、両方の気持ちがわかるんです。だから、無理でしょうね」
夢 「違う、君の気持ちだよ」
琴世 「それは、私の願いは叶えられるものじゃないですよ?」
夢 「探してみる、君のお父さん」
琴世 「え?」
夢 「覚えてること、わかること、なんでもいい、教えてもらえるかな」
琴世 「でも」
夢 「これも神様の思し召しだよ」
琴世 「理由になってないですよ」
夢 「だよね。でも勝手にやらせてくれ。君のためじゃなく僕のために」
琴世 「ふふ。無理だと思いますが、どうぞ、ご勝手に」

M:場転


4. 神社・ベンチ・午後4時・外
「7月10日」

SE :ひぐらしの鳴き声
境内のベンチに夢と神様が並んで座っている。

神様 「それで、意気揚々と調べだしたはええが、なんもわからんと」
夢 「しょうがないじゃないですか、手がかりが少ないんだから。それで、神様はなにか知らないかなあと」
神様 「わしのこと、生き字引きじゃとでも思っとる?」
夢 「いや、生きてるとは思ってないですけど」
神様 「そこちゃうわ」
夢 「神様、ほんと、なんにもできないですよね」
神様 「おぬし、神様をなんじゃと思っとるんじゃ」
夢 「神様といえば全能の存在でしょー」
神様 「かーっ。そんな都合がええわけなかろう」
夢 「実際、神様ってなにができるんですか?」
神様 「そりゃあ、神によって様々じゃが、基本は見守ることじゃな」
夢 「それだけ?」
神様 「あのなあ。見守るということは大切なことなんだで。手だしをするちゅうのはええことばかりではにゃあ。それなりの覚悟がないとな」
夢 「その手だしをさせているのは誰ですか」
神様 「覚悟して臨むがええ」
夢 「そんな勝手な。神様のくせに」
神様 「琴世を救えるのはおぬしだけじゃ」
夢 「そんな大層なことじゃないですけど。少しでもきっかけになれるならやってあげたい、それだけです」
神様 「それでええ、それでええ」
夢 「やっぱり、母親に話を聞くしかないかなあ」
神様 「変質者に思われて通報されるに違いない。知らんもんの話を聞くような風ではなかろうからな」
夢 「そうですよね。…って、母親のこと、知ってるんですか?」
神様 「ああ。昔、親子三人でここにお参りに来たからのう」
夢 「親子三人って、じゃあ父親のことも知ってるんじゃないですか!」
神様 「そうじゃな、特にあやつはこの近くに住んでおったからな。小さい頃から境内でよう遊んでおったわ」
夢 「それならそうと早く言ってくださいよ。それで、今、どこにいるんですか?」
神様 「少なくとも、この近辺にはおらん」
夢 「は?」
神様 「わしらはわしらの目の届く範囲しかわからん。それでわからんちゅうことはこの辺りには住んでおらん、ちゅうことじゃ」
夢 「ご実家は?」
神様 「ある。が、今は別の家族が住んでおる」
夢 「…あの、神様、もしかして、なんですけど、琴世ちゃんがここで巫女をしてるのって、お父さんと会えるかもしれないから、だったりしますか?」
神様 「約束だったからじゃ」
夢 「は?」
神様 「わしが見えるもんは滅多におらんからな、つい」
夢 「なんだそれ」
神様 「あの子はあの頃からわしが見えていたからな。あのときも七夕の夕暮れじゃった」

M:場転


5. 神社・境内・午後4時・外
「回想15年前7月7日」

神様(M) 「その年の七夕は珍しく快晴で、それにしては風の心地よい、過ごしやすい一日じゃった。日が傾きかけておる頃、あの子は一人、神社の境内を駆け回っておった」

幼い琴世が境内で走り回っている。
その様子を見ている神様。
神様を見つけ、声をかける琴世。

琴世 「あーそーぼー」
神様 「…わしか?」
琴世 「うん」
神様 「わしが見えるのか」
琴世 「うん」
神様 「おぬし、一人か?」
琴世 「パパとね、ママとね、3にんで、たなばたきた」
神様 「迷子か?」
琴世 「ことちゃん、まいごじゃないよ。あそんでたの」
神様 「ひとりでか?」
琴世 「パパと。おにごっこ。ことちゃん、パパからにげてるの」
神様 「鬼の方が迷子か、困ったもんじゃな」
琴世 「じゃあ、おじちゃん、おにね、よーい」
神様 「まあ待て。鬼ごっこの最中に鬼ごっこしては、誰が鬼かわからんくなってまうじゃろ」
琴世 「おじちゃん、おにだよ」
神様 「わしは鬼ではない。神じゃ」
琴世 「かみ?」
神様 「そう、かみ」
琴世 「かみちゃん、おにじゃないの?ことちゃんおに?」
神様 「おぬし、わしが恐くないのか?」
琴世 「ことちゃん、こわくないよ」
神様 「人見知りのない子どもじゃのう。わしが悪い人だったらどうするんじゃ」
琴世 「かみちゃん、わるいひとじゃないの」
神様 「まあ、まず人ではないからな」
琴世 「ことちゃん、わかるの」
神様 「何がわかるんじゃ?」
琴世 「かみちゃん、さみしいのね」
神様 「…人の、神の気持ちがわかる、とな?」
琴世 「いやなことあった?」
神様 「そうじゃなあ。ずっとずっと昔にな」
琴世 「おにごっこしたらいいよ。ことちゃんがあそんであげる」
神様 「ほう、では、お願いしようかの」
琴世 「じゃあかみちゃんおにねー」
神様 「あ、わし、追いかけるほう?」
琴世 「ことちゃん、にげるのとくいなの」
神様 「ほほう、このわしから逃げ切れるかの」
琴世 「よーい、どん」
神様 「あ、ズルいぞ!」
琴世 「あははははははは」
神様 「待てえーい!」
父(夢の声) 「ことせー?」
琴世 「あ、パパだ」
父(夢の声) 「帰るぞー」
琴世 「えー、おにごっとはじめたばっかなのにー」
神様 「また今度じゃな」
琴世 「んん、じゃあ。またね、かみちゃん」
神様 「…また来てくれるのか?」
琴世 「うん、ともだちだもん」
神様 「ほう、友達か」
琴世 「つぎはことちゃんがおにね」
神様 「ああ、よかろう。待っとるぞ」
琴世 「ん、またね、かみちゃん、ばいばーい」

手を振り走り去る琴世。
M:場転


6. 神社・本殿・午後4時・外
「7月12日①」

SE;ひぐらしの鳴き声
SE:走る音
賽銭箱の前に腰掛ける神様。
そこに走りこんでくる夢。

夢 「神様!神様ー!」
神様 「騒々しいのう、神前じゃぞ、静かにせぬか!」
夢 「いや、なに落ち着いてるんですか!」
神様 「落ち着いたら落ち着いたで文句を言うとは。なんちゅうやつじゃ」
夢 「琴世ちゃんが、来てないって」
神様 「みたいじゃな」
夢 「連絡もなく休むなんて」
神様 「そんな日もあるわなあ」
夢 「事件とか事故に巻き込まれたとか、それとも…」
神様 「それとも?」
夢 「…神様、なにか知ってるんですか?」
神様 「昨日話したじゃろ、鬼ごっこじゃ」
夢 「は?」
神様 「親か子かどっちがどっちかはわかりゃあせんが」
夢 「それは」
神様 「おぬしはどっちが得意じゃ?追うほうと追われるほう」
夢 「僕は、鬼ごっこは苦手です」
神様 「じゃろうな」
夢 「どこにいるんですか?」
神様 「言ったじゃろ、わしはわしの目の届く範囲しかわからんのじゃ」
夢 「探してるんですか、お父さんを。それとも、逃げてるんですか?」
神様 「なにから?」
夢 「僕は彼女のためにお父さんを探そうとしました。でも、それって、迷惑だったんでしょうか」
神様 「わしはな、いつも不思議に思っておったんじゃ。なぜに、鬼は子を捕まえると、子が鬼に、鬼が子になるのか、と。ずっと鬼じゃとつまらんのじゃろうか。ずっと子のままじゃつまらんのじゃろうか。そうなると、子は鬼につかまらんように逃げるが、その実、捕まることを望んでおるんじゃ」
夢 「彼女は、今、鬼ですか?子ですか?」
神様 「それは当事者しかわからん」
夢 「もう!」
神様 「そう、焦るでにゃあ。焦るほど頭は回らんくなるぞ」
夢 「…すみません」
神様 「考えてみい。おぬしが鬼ならどこを探す?おぬしが子ならどこに逃げる?」
夢 「わからない、そんな、どこだなんて」
神様 「なにも一つに絞る必要はなかろう。間違えたら違う選択肢を選べばええ。おぬしには言うまでもないかとは思うが」
夢 「手あたり次第、当たってみます」

一礼して去っていく夢。

神様 「じぶんのこととなるとわからんくなる、まったく難儀なもんだで」

M:場転


7. 神社・本殿・午後4時・外
「回想2年前7月7日」

神様(M) 「鬼ごっこの約束をしてから、神としてはほんの少しの時間が流れた。彼女は、また七夕の日にやってきた。その年の七夕は雨降りだった」

M:雨の音

琴世 「(二礼二拍手)」

本殿の前で神頼みしている琴世。
その様子を見つめる神様。

琴世 「なにか?」
神様 「ひさしぶりじゃな」
琴世 「え…」
神様 「まだ見えるようじゃな」
琴世 「…もしかして」
神様 「覚えておったか?」
琴世 「かみ、ちゃん?」
神様 「そうじゃ」
琴世 「夢じゃなかったんだ」
神様 「夢じゃと思っとったのか」
琴世 「ごめんなさい、だいぶ待たせちゃった」
神様 「なあに、たいして待っとらんよ」
琴世 「ここだったんだ」
神様 「忘れておったのか」
琴世 「うんん。小さかったから、場所、よくわかってなくて。あのあとすぐ引っ越しちゃったし。ってのは言い訳だね、ごめんなさい」
神様 「謝ることはない。おぬし、言うたじゃろ、次はおぬしが鬼だと。それまではおぬしは子。逃げるのが役目よ」
琴世 「かみ、さまなんですよね?」
神様 「そうじゃ。信じられんか?」
琴世 「いえ、なぜだか、信じられます」
神様 「おぬしは神の気持ちすらわかるようじゃからな。はっはっは」
琴世 「ごめんなさい」
神様 「おぬしは謝りにきたのか」
琴世 「それは、」
神様 「わしは嬉しいぞ」
琴世 「…はい」
神様 「人の縁ちゅうのは不思議なもんでな。どれだけ望もうと会えぬ時は会えぬ。なのに、会いたくないときに限って会ってしまうこともある。それはきっと、そうなるべくしてなっとるんじゃ。じゃから、こうしてまた会えたことにも、意味はある」
琴世 「意味、ですか」
神様 「おぬし、神様にくらい、気を遣わんでもええのではないか?」
琴世 「え?」
神様 「さっきの願いじゃ。気を遣いすぎて、おぬしの本当の願いではないように思うんじゃが」
琴世 「お願いって、難しいですね」
神様 「そんなわしからお願いじゃ」
琴世 「え?」
神様 「ええじゃろ、わしら友達なんじゃから。それとも友達のお願いは聞けんか?」
琴世 「いえ、そんな、」
神様 「わしの話し相手になってくれんか?」
琴世 「話し、相手?」
神様 「わしが見えるもんなんぞ滅多におらんでな。お参りにくるもんは、話しかけてくるが、応えることはできんし。寂しいもんなのよ。ちょうど今、宮司が巫女を探しておってな。どうじゃ?」
琴世 「強引ですね」
神様 「わしは神様じゃぞ?人に気を遣う必要などあるまい」
琴世 「私、鬼ですから」
神様 「ん?」
琴世 「容赦しませんよ?」
神様 「くくく。よかろう」
琴世 「(一礼して)よろしくお願いします」

M:場転


8. 港・遊園地・午後7時・外
「7月12日②」

SE:風の音
SE:雑踏
観覧車を臨むベンチに琴世が座っている。
夢が背後から近づき、声をかける。

夢 「見つけた」
琴世 「わっ!」
夢 「しーぃっ、ずかにする必要はないか、人の目なんか気にしない」
琴世 「気にしましょうよ、怪しまれてますよ」
夢 「だいじょうぶ、きっと親子に見えてる。はず」
琴世 「無理がありますね」
夢 「やっぱり怪しい関係に見えるかな?」
琴世 「よくわかりましたね」
夢 「ん、まあね、それもこれも神様の思し召しだよ」
琴世 「ふーん」
夢 「嘘です。手あたり次第探した」
琴世 「おつかれさまでした」
夢 「鬼なのに逃げるなんてずるい」
琴世 「鬼だって逃げたいときはあるのでは?」
夢 「そう。だから、子が追いかけたっていい」
琴世 「どうしてここだと」
夢 「なんとなく?思い出の場所って言ってたし」
琴世 「さすがです」
夢 「わかるようにしたんだろ?」
琴世 「どうでしょう」
夢 「探してるの?」
琴世 「どうでしょう」
夢 「何を、とは聞かないんだね」
琴世 「夢さんこそ、誰を、とは聞かないんですね」
夢 「はあ。やめよう、こんな腹の探り合いみたいなの。ここからは本音でしゃべろう
琴世 「そうですね」
夢 「僕のせいで、ごめんなさい」
琴世 「いえ、じぶんで決めたことですから」
夢 「僕はさ、お父さんを探し出して、再会させるのが君のためだと思ってた。あわよくば、また一緒に暮らせるようなきっかけになればって。神様が“父が帰ってきますように”なんて短冊見せるもんだから。っていうのは言い訳か」
琴世 「やっぱり。それ、2年前のです。取っておくなんて。願いを叶えさせる気がないんですかね、はは」
夢 「願ったからって叶うわけじゃない」
琴世 「わかってます」
夢 「考えたらわかるのに、文字を見たらつい、そっちを信じてしまった。というか、文字しか見てなかった。君を見てなかった」
琴世 「自分でいうのもなんですけど、私、いい子なんです」

M:クライマックス
(C.I)
夢 「知ってる」
琴世 「人が喜んでくれることや、臨んでることがなんとなくわかるから、それをしなきゃって。いい顔するのが当然になって」
夢 「わかるよ」
琴世 「そしたら、いつのまにか、何がじぶんの本心なのかわからなくなってました」
夢 「うん」
琴世 「でも、私、強いんです。それでも平気なんです。だけど、神様は気を遣いすぎだって、私、気を遣われたんです。いざ、じぶんが気を遣われるとどうしたらいいかわからないものですね。願いだって、そんな思いつめたようなものじゃなくて、なんとなく、叶わないと思いながら書いてみただけだったから。嘘ではないですけど、本当でもないというか」
夢 「うん」
琴世 「あ、私、また、本音が迷子になっちゃいました」
夢 「僕は神様に、君を救ってくれ、って頼まれたんだ。君のお父さんを探してくれでも、願いを叶えてくれ、でもなく。でも、逆に苦しめることになってしまった。ごめん」
琴世 「平気です。あ。平気では、ないかも」
夢 「どうしたら君を救えるのか、まだわからないけど、救える保証はないけど、今度こそ、やってみる」
琴世 「頼りないヒーローですね」
夢 「ごめん」
琴世 「ふふ、嘘です。こっちこそごめんなさい。私、夢さんが無職になってお参りしにきたとき、思ったんです。この人、私と同じかも、って。人の気持ちには敏感なのに、自分のことになるとわからなくなる。人のことには一生懸命になれるのに、自分のことだとなかなか踏み出せないでいる」
夢 「…そうだね。その通りだ」
琴世 「ねえ、夢さん。私、最初に神様になに願ったと思いますか?」
夢 「え?短冊じゃなく?」
琴世 「そう、神様に手を合わせて」
夢 「なんだろう」
琴世 「素直になりたい、って願ったんです」
夢 「すなお」
琴世 「知ってますか?お願いっていうのは、じぶんの努力でできるようなものではなく、ご縁だとか自分ではどうにもならないことを願った方がいいんですって。やればできることはじぶんでやりなさい、ってことらしいです」
夢 「うっ。耳が痛い」
琴世 「今ならなにをお願いしますか?」
夢 「そうだな…。頼りになるヒーローになれますように、とか」
琴世 「それ、じぶんでどうにかできないんですか?」
夢 「できるかな?」
琴世 「どうでしょう」
夢 「琴世ちゃんは?なにをお願いする?」
琴世 「そうですね(立ち上がり歩き出す)じゃあ、捕まえられたら教えます!よーいどん!(と走り出す)」
夢 「え、あ、ちょ、ずる、ちょっと待って!おれ、鬼ごっこ苦手なんだよ、ねえ、ちょっと」

逃げる琴世に追う夢。
(F.O)


9. 神社・本殿・午後4時・外
「7月13日」

SE:風の音
SE:ひぐらしの鳴き声
神様が賽銭箱に頬杖をついている。
琴世が神前に立っている。

琴世 「(二礼二拍手一礼)」
神様 「邪念を感じるのう」
琴世 「気のせいじゃないですか?」
神様 「ほほう、そうかそうか」
琴世 「こっちこそ、邪念を感じますが?」
神様 「わしのは邪念ではない。琴世ちゃんがあの男にどこまで心を開いたのか、友達として純粋に気になっとるだけじゃ」
琴世 「邪念でしょ、それ。余計なお世話です」
神様 「見守ってばかりじゃつまらんしなあ。ときには余計なお世話でもせにゃあ。」
琴世 「それはそれは。神様はお暇なようでうらやましい限りですわ」
神様 「わし、思うんじゃ。友達でも、少しは気を遣うべきじゃと」
琴世 「あら、奇遇ですわね、私もそう思っておりますの」
神様 「怒っとる、怒っとるな」
琴世 「夢さんを騙してけしかけるからです」
神様 「騙してはおらん。あやつが勝手に勘違いしただけじゃ!」
琴世 「勝手に?へえ?」
神様 「う、そんな目で見るでにゃあ」
琴世 「ありがとうございます」
神様 「い?」
琴世 「おかげで少し変わった気がします」
神様 「ほん。留まってばかりじゃと、なんも変わらんからのう。良くなろうと悪くなろうと、動いてみんことには始まらんもんじゃ」
琴世 「悪くなったら一生、神様を恨みますね」
神様 「鬼じゃな」
琴世 「もう鬼じゃなくて、子になりました」
神様 「ほむ」

SE:足音

夢 「あ、いたいた、琴世ちゃん」
神様 「おい、わしもおるぞ」
夢 「わかってますよ」
神様 「わしも呼ばんかい」
夢 「欲しがりですね」
神様 「寂しいじゃろ!」
夢 「素直!」
神様 「神様は嘘つかん!」
夢 「本当のこと言わないですけどね」
神様 「くうーっ。相変わらず減らず口を叩きおって」
琴世 「どうかしましたか、夢さん」
夢 「あ、宮司さんに怒られなかったかなって、無断で休んで」
琴世 「いえ、むしろ、心配されました。申し訳ないです」
夢 「いい人だね」
琴世 「はい。あ、夢さん、お願いがあるんですけど」
夢 「なになに?」
琴世 「社務所の電気変えていただけないかと、私も宮司さんも届かなくって」
夢 「お安い御用さ。神様の頼みごとなんかよりずっと」
神様 「おい!」

喋りながら社務所に入っていく夢と琴世。

神様 「ひとまず、琴世の願いは叶ったようじゃな」

社務所を眺め、ニヤつく神様。

(終わり)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?