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戯曲『神さまーバケーション #1 半夏生』

「神さまーバケーション ♯1 半夏生」登場人物

野俣夢(33) 【失業者】
神様(?) 【神様】
心野琴世(21) 【巫女・大学生】
今田つぼみ(18) 【アイドル】


1. 神社・本殿・午後2時・外
「神様との邂逅」

SE:風の音

夢(N) 「人生は、夢にも思わないようなことが起こる。親の再婚で同居することになった連れ子がクラスメイトだった、だとか、まがり角でぶつかった女の子と入れ替わった、だとか、トラックに惹かれたら異世界に転生した、だとか。そんな夢か幻かアニメか、ありえないと思うことも、絶対にない、とは言い切れない。そんなありえないと思っていたことが僕の身にも降りかかった。今日、僕は会社をクビになった」

M:雅楽
野俣夢(のまたゆめ)が本殿の前に立ち拝んでいる。

夢 「神様、お願いします!どうか願いを叶えてください」

SE:鈴の音
SE:賽銭を投げ込む音
神様が賽銭箱越しに声をかける。

神様 「嫌じゃ」
夢 「…え?」
神様 「嫌じゃと言っとる」
夢 「…あの、何されてるんですか?」
神様 「願いを聞いとる」
夢 「あっ!そうか、賽銭箱泥棒だ!すみません、泥棒です、泥棒!」
神様 「誰が泥棒じゃ!」

巫女姿の心野琴世(こころのことせ)がやってくる。

琴世 「御神前ですよ、お静かにお願いします」
夢 「(小声で)すみません。でも、あの、泥棒です!」
琴世 「泥棒?どこに?」
夢 「ほら、ここ、この人!」
琴世 「あなた、見えるの?」
夢 「…なにが?」
琴世 「神様」
夢 「え?」
神様 「わし」
夢 「えええええええええええええええええええええええええええええ」
琴世 「(遮るように)お静かにいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
神様 「わしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

M:メインテーマ


2. 神社・社務所・午後2時・内
「神頼み」

神様がお茶を啜り、琴世と夢が座っている。

神様 「ずずずずずずずずずずーっ(お茶を啜る音)ぷはーっ。琴世ちゃんの入れてくれたお茶はいっつも絶品じゃのう」
琴世 「お粗末様です」
夢 「それじゃあ、本当の本当に神様なんですか?」
神様 「ようやく信じたか」
夢 「いやーあー」
神様 「疑い深いやつじゃのう。そんなんでよう神頼みに来やあしたな」
夢 「それは…もう、藁にもすがる思いで」
神様 「わしゃあ藁か」
夢 「失礼しました。神にもすがる思いで」
神様 「そういうことじゃないんじゃが…まあええ。野俣夢30歳。独身。彼女なし。無職。無趣味。無作法。むざん、じゃな。夢、なんて名前なのに夢も希望もないのう」
夢 「ひどい…その弄りはやめてください。って、なんで名前を!?」
神様 「おぬしがお参りのときに自己紹介したではにゃあか」
琴世 「律儀な人ですね」
神様 「最近は名も名乗らず住所も言わず願い事だけする奴もおるでのう。ま、名乗られずともわかるが。なんてったって神様じゃからー」
夢 「神様ならお願いします。仕事を、新しい仕事をください」
神様 「働きもんじゃなあ。せっかく自由になったんだで、少しは好きなことしたらええがね」
夢 「え?」
神様 「大学を卒業してから働きづめ。趣味もなく贅沢もしとらんかったら、それなりに金は貯まっとろう?したいことをしたいとは思わんか?」
夢 「したいこと…。仕事です、仕事がしたい」
神様 「本当に?」
夢 「そう願ったじゃないですか」
神様 「そうじゃったな」
夢 「なんで願い叶えてくれないんですか?」
神様 「なんでもかんでも神様が願いを叶えてくれると思うなよ!」
夢 「は?じゃあ神様はなんのためにいるんですか!」
神様 「業じゃよ」
夢 「え?」
神様 「だいたい、拝礼の作法も知らん奴が願いを叶えてもらえると思っとるんが大間違いだがね」
夢 「作法って。手を合わせて、お辞儀もして、お賽銭もいれたし。あ、お賽銭が少なかったからですか?そうなんですか?」
神様 「やれやれじゃ。琴世ちゃんや」
琴世 「はい」

M:3分クッキング風
(C.I)
琴世 「今日は拝礼の作法についてご紹介します。拝礼は神社によって違いはありますが、二礼二拍手一礼が基本です。神前に立ったらお賽銭を入れ、鈴を鳴らしたら、まずは深く2回お辞儀をしましょう。次に、胸の前で手を合わせて2回手を叩きます。願い事はこのときに済ませましょう。最後に一礼をして神前を下がります。ほかにも細かい作法はありますが、神社には拝礼の仕方の見本がありますので、そちらを確認して、その神社の作法に則って拝礼するのがよいでしょう。それではまた次回」
(F.O)
神様 「わかったか?」
夢 「それができれば叶えてくれるんですか」
神様 「そうとも限らん」
夢 「なんですかそれ」
神様 「わしゃ忙しいんじゃ」
夢 「そうは見えませんが」
神様 「あのな、サンタクロースじゃああるまいし、拝んだぶんだけ願いを叶えとったらいくら時間があっても足りんわ」
夢 「サンタは一日で子どもたちの願いを叶えちゃいますけどね」
神様 「くぬぬ。ああ言えばこう言う。口だけは達者なようじゃ」
夢 「こう見えて仕事だけはできたので」
神様 「じゃあなんでクビになんぞなるんじゃー」
夢 「それは…」
琴世 「そのぐらいになさってください。えーっと、なんとおっしゃいましたっけ?」
夢 「あ、野俣です」
神様 「野俣夢じゃ」
夢 「野俣です」
琴世 「夢さん。神様の言うとおり、今日は“夏越(なごし)の大祓(おおはらえ)”で忙しいのです」
夢 「なごしのおおはらえ?」
琴世 「はい。一年の前半の無事に感謝し、半年間の心身の穢(けが)れや過ちを祓い清める神事のことです。この日は参拝者も多く、当社も朝から宮司が休みなく祈祷し続けています」
夢 「へえ。確かに、平日なのに人が多いなとは思ってました。普段ここ、そんな人見かけないし。…あ、すみません」
琴世 「夢さん、お住まいは?」
夢 「野俣です。この、すぐ近くです」
琴世 「結構。氏神様にご挨拶するのは良いことです」
夢 「うじがみ…」
琴世 「ご近所を守る神様のことです。神様は普段から見守ってくれているのですよ」
夢 「神様…」
神様 「ようやくわしのことを敬いだしたか」
夢 「だったらなんでクビにさせたんですかー!!!」
神様 「それ逆恨みー!」
琴世 「それに、たとえ願いが通じても、すぐに叶うとは限りませんよ」
夢 「そんな…」
琴世 「そんなにお仕事がお好きなのですか?」
夢 「いや、そういうわけじゃない、ですけど」
琴世 「それなのに願うんですか?なぜ?」
夢 「なぜって働かないと生きていけないじゃないですか」
琴世 「本当に?」
夢 「え?」
琴世 「本当にそれが理由ですか?」
神様 「琴世ちゃんや」
琴世 「失礼しました」
神様 「まあ、願いを叶えてやらんこともにゃあ」
琴世 「神様」
神様 「わしが見えるのもきっと神様の思し召しじゃろうて」
琴世 「神様は神様(あなた)ですけどね」
夢 「ありがとうございます、神様」
神様 「その代わり、わしの頼みを聞いてくれたら、な」
夢 「え?」
神様 「神様からの頼みごと。これが本当の神頼みじゃ」

ニヤつく神様。

M:場転


3. 神社・境内・午後3時・外
「神頼まれ」

境内のベンチに今田(いまだ)つぼみが座っている。
それを遠くから見つめる神様、夢、琴世。

神様 「あそこに座っとる女の子。さきほど拝礼にきたんじゃが…あの子の願いを叶えてやってほしいんじゃ」
夢 「それ、神様の仕事では?」
神様 「か・み・だ・の・みじゃ」
夢 「可愛くないですよ、それ」
神様 「おぬしの願い、叶えんでもええのかな~」
夢 「はあ。わかりましたよ。で、あの子は願いは?」
神様 「楽になりたいそうじゃ」
夢 「…は?」
神様 「楽になりたいと言っとった」
夢 「それって…僕に、人殺しをしろと?」
神様 「アホウ。楽にもいろいろあるじゃろ」
夢 「いろいろって」
神様 「彼女の名前は今田つぼみ。地元アイドルじゃ。そこそこ人気はあるようだがね」
琴世 「彼女の所属するグループはこの夏メジャーデビューのCDリリースが決まり、全国ツアーも控えています」
夢 「詳しいですね」
琴世 「好きなんで。中でも、彼女は人気ナンバーワンで不動のセンター。ファッション誌の表紙を飾るなど絶好調です」
夢 「それなのになんで、死にたいだなんて」
神様 「さあのう。じゃが、彼女は人形(ひとがた)を納めていきゃあした。ちゅうことは生きてくつもりもあるちゅうことじゃ」
夢 「どういうことですか?」
琴世 「夏越の大祓では、人の形に切り抜いた紙、人形に名前と年齢を書いて息を吹きかけ、自らの罪や穢れを移し納めることで、代わりに清めてもらうのです。あそこに見える茅の輪くぐりも大祓の神事ですね。そちらは余談になりますので気になるようでしたらお調べください」
夢 「はあ」
神様 「人っていうのは辻褄の合わない生き物じゃからな」
夢 「どういうことですか?」
神様 「心の内までは誰にもわかりゃあせん、自身すらな」
夢 「(小声で)神様のくせに」
神様 「なんか言ったか?」
夢 「いえ、なんでも」
神様 「それじゃ、任せたぞ」
夢 「え?」
神様 「ほれ、行ってこーい」

SE:風の音

夢 「うわああああああ」


4. 神社・ベンチ・午後3時・外
「接触」

境内のベンチに今田つぼみが座っている。
夢が近くまで飛ばされてくる。

つぼみ 「(夢に気づいて)なにか?」
夢 「あ、いや、その」
つぼみ 「失礼します」
夢 「あ、ちょっと待って」
つぼみ 「ナンパならお断りです。しつこいと警察呼びますよ」
夢 「そうじゃなくて」
つぼみ 「さようなら」
夢 「死にたいんだろ?」
つぼみ 「は?」
夢 「さっきそこで楽になりたいってお願いした、そうだろ?あ、いや、ちょっと待った、怪しいものじゃないんです。あー、警察はやめて!ほんと」
つぼみ 「なんなんですか、いったい。マネージャーの差し金ですか?」
夢 「いや、神様の差し金っていうか。そう、神の、神の使いなんだ」
つぼみ 「…宗教の勧誘?」
夢 「あーもう、どうしたら信じてくれるんだ」
つぼみ 「どうしたって信じませんよ」
夢 「そうだ!君は神様に楽になりたいと願った。でも、そのあと人形を書いた。ということは君は本当は死にたくないってことなんだろ?」
つぼみ 「ずっと見てたんですか?気持ち悪い」
夢 「違う、神様に教えてもらったんだ。楽になりたい、そうだろ?」
つぼみ 「…それで。神の使いだったらどうなんですか?私を楽にしてくれるんですか?」
夢 「あー、そのー」
つぼみ 「じれったい神の使いさんですね」
夢 「あ、野俣です、名前」
つぼみ 「じゃあ、野俣さん。早く楽にしてください」
夢 「楽、ってなんだろ?」
つぼみ 「死にたい人が楽になりたいって言ったら一つしかないでしょうが」
夢 「本当に?」
つぼみ 「…どういう意味ですか?」
夢 「人っていうのは辻褄の合わない生き物だから?」
つぼみ 「なんで疑問形?どうせ死ぬのを止めに来たとかでしょ」
夢 「死ぬの?」
つぼみ 「死にたいの!」
夢 「でも、本当に死にたいのなら神頼みなんてしなくっても死ねるんじゃないかなあと思って」
つぼみ 「知った口聞かないで」
夢 「ごめん。でも、わからないから聞いてるんだ」
つぼみ 「さっきからなんなんですか。こういうときは止めるか、説得しようとするんじゃないんですか?死なせたいんですか?」
夢 「いや、僕は君に楽になってほしいんだ。できる限り死なない方向で」
つぼみ 「じゃあ、その方法で楽にしてください」
夢 「ごめん、それがまだ考え中で」
つぼみ 「正直すぎ!バカなの?」
夢 「いやあでも、君のいうとおり、今日会ったばかりの、なんにも知らない人に説教されても響かないかなって」
つぼみ 「変わってる」
夢 「そうかな?」
つぼみ 「ふつう、こういうときはなんで死にたいのか聞いて、アドバイスとかしようとするでしょ」
夢 「死にたい理由があるだけじゃ人は死なないよ」
つぼみ 「…え?」
夢 「君が話してくれるなら聞くけど。聞くにしても聞かないにしても、僕は神の使いとして、君の願いを叶えなくちゃいけない。でも、僕が後味悪いのは嫌だ」
つぼみ 「自分勝手」
夢 「そう、そもそも、僕は僕の都合で君の願いを叶えようとしてる。そんな人間に相談しても意味ないと思う」
つぼみ 「変な人。あ、人じゃないのか」
夢 「あ、人です」
つぼみ 「人なんだ」
夢 「たまたまこうなっただけで」
つぼみ 「…疲れたの」
夢 「生きるのに?」
つぼみ 「いい顔するのに」
夢 「誰に?」
つぼみ 「みんなに!」
夢 「つくってるの?」
つぼみ 「当たり前でしょ」
夢 「確かに、今の君は好感度のかけらもない」
つぼみ 「それはあんたのせい」
夢 「あ、野俣です」
つぼみ 「野俣さん。わかる?アイドルだからいい子でないといけない。笑顔でいないといけない。笑ってないと心配される。笑っているのがふつうなの。どんなときでも笑顔を強要されるの。それがアイドルだからって。もちろん、自分でなりたくてアイドルになった。でも、今の私は、やりたいことではなくて、みんなの望んだものをやらないといけないの。そうでないと生きる価値がないのよ」
夢 「そうか。そんな風には見えなかったな」
つぼみ 「そんな風に見せたらアイドル失格でしょ」
夢 「君の言うとおりだ」
つぼみ 「疲れたの。頑張ってきたけど、耐えられなさそう。そうしたら、私なんて価値がない。アイドルを続ける資格はない。だったらいっそのこと死んで楽になりたい。でも、自分で死ぬのは怖いし、人に迷惑はかけたくない。だから神様に、人様の迷惑にならないように楽にしてほしいってお願いしたの」
夢 「そこまでは聞いてなかった」
つぼみ 「あーあ。しまった。初対面の人にこんなこと言っちゃった」
夢 「初対面だからこそ言えることもあると思う」
つぼみ 「確かに」
夢 「迷惑をかけないように楽になる方法、考えるよ」
つぼみ 「あるかな、そんなの」
夢 「わからないけど」
つぼみ 「そういうときは、嘘でもあるっていうもんじゃないの?」
夢 「いい顔できない性格なんだよ」
つぼみ 「期待しないで待ってる。それじゃ。私、このあとライブだから」

境内から去っていくつぼみ。

夢 「いい顔、してたんだけどな」

つぼみを見つめる夢。
M:場転


5. ライブハウス・客席・午後8時・内
「勘案」

M:アイドルソング
客席後方でつぼみのアイドルを眺める夢。
隣りでライブを見る普段着の琴世。

琴世 「つぼみちゃんはダンススキルは高いですが、歌はまだまだ成長途中。それでも努力を重ねソロを勝ち取ってセンターもキープしています。ファン対応も完璧で、彼女のことを悪く言う人はいません。スタッフの人たちの評判もいいようです」
夢 「琴世さん、こういうの好きなんですね」
琴世 「キラキラしている女の子は正義です」
夢 「はあ。それにしても…」
琴世 「なにか?」
夢 「いえ、巫女のときとはだいぶ印象が違うなって」
琴世 「変ですか?」
夢 「いや、思ったよりこう、派手、っていうかなんていうか」
琴世 「ギャルなんで、私」
夢 「ギャル」
琴世 「巫女のバイトがあるから髪は染めないし、ネイルもしませんけど」
夢 「バイトだったんだ」
琴世 「巫女なんてほとんどバイトですよ。私も普段は大学生です」
夢 「琴世さん、いくつ?」
琴世 「今年で21になりました」
夢 「一回り違うのね。はは」
琴世 「それで、収穫は?」
夢 「アイドルのライブに行くのに慣れたくらい」
琴世 「つまりゼロですか」
夢 「見ての通り、とても死にたがってるとは思えない、いい顔で輝いてます。一昨日も昨日も今日も」
琴世 「毎日来てるんですか?」
夢 「なにせ無職で暇なもんで」
琴世 「“半夏生”のうちに解決できるといいですね」
夢 「はんげしょう」
琴世 「夏至から数えて11日目からの5日間のことです。半分のはんに、夏に生きる、と書いて半夏生。半夏生という花が咲きはじめ、葉の一部が表だけ白くなるんです。それが半分化粧してるみたいで、半化粧。転じて、半夏生」
夢 「琴世さんってそういうの詳しいよね、さすが巫女」
琴世 「私、文学部の日本語日本文化学科なので。みんながみんな、巫女だから詳しいと思ったら大間違いです」
夢 「すみません」
琴世 「私もつぼみちゃんの気持ちわかるな」
夢 「え?」
琴世 「今みたいに、巫女だから日本文化に詳しい、巫女だから清楚、巫女だから真面目、そんなイメージを押しつけられて。誰が決めたわけでもないのに。まあ、仕事中は守りますけどね、イメージも大切ですから。でもプライベートまでそんなこと強要されたくはありません」
夢 「そう、だよね」
琴世 「でも、それだけでしょうか」
夢 「それ以外になにか?」
琴世 「それだけで、死にたいとまで思うんでしょうか」
夢 「彼女、やたらと迷惑をかけることを恐れてた」
琴世 「迷惑を」
夢 「そうか。迷惑をかけないように、いい顔をしていつも完璧な自分でいようとしてるんだ」
琴世 「わかったような口ぶりですね」
夢 「わかるよ」
琴世 「…そうですか」
夢 「あとはどうしたら楽にさせられるか」
琴世 「なんだか、楽しそうですね」
夢 「え、そうかな?」
琴世 「夢さんも、働きたいだけじゃないんですかね、神頼みの理由」
夢 「…あの、その夢っての」
琴世 「あ、ってことで、私、年下なんで敬語やめてください。なんか年上に敬語で話されるの気持ち悪くって。あと、さん付けも禁止で。ではお手洗い行ってきます」
夢 「ええええ」

足早に去っていく琴世。
SE:歓声


6. ライブハウス・出入口前・午後10時・外
「提案」

SE:雨の音
出入口の外でつぼみがでてくるのを待つ夢。
SE:ドアの開く音
つぼみがでてくる。

つぼみ 「出待ちはご遠慮いただけますか、神の使いの野俣さん」
夢 「雨が止むのを待ってるんです、だよ」
つぼみ 「なにそれ」
夢 「神の使いも大変なんだ」
つぼみ 「神の使いって、傘持ってるのに雨宿りするんですね」
夢 「傘持ってるからって使わなきゃいけないルールはないだろ?」
つぼみ 「屁理屈」
夢 「大人は複雑なんだよ」
つぼみ 「言ってることはこどもっぽいけど」
夢 「駅までお送りしても?」
つぼみ 「いや、って言ってもついてくるんでしょ」
夢 「鋭いね。君、もしかして神の使いかなんか?」

SE:歩く音
並んで歩くつぼみと夢。

つぼみ 「彼女さんはいいの?」
夢 「え?」
つぼみ 「連れてきてたでしょ」
夢 「ああ、あの子は巫女さんだよ、ほら、あの神社の」
つぼみ 「ふーん」
夢 「信じてないな」
つぼみ 「ずっと信じてないしずっと疑ってる」
夢 「それなのにいいのか?こんな風に近づけたりして」
つぼみ 「あなたが悪い人で私を襲われてそれで死ぬなら、野俣さんに迷惑かかる、なんて心配しなくて済むから、逆にちょうどいいんじゃない」
夢 「屁理屈」
つぼみ 「こどもは複雑なんです」
夢 「言ってることはこどもっぽくないけど」
つぼみ 「それで見つかったの?楽にしてくれる方法は?」
夢 「全然」
つぼみ 「仕事ができないのね」
夢 「こう見えても仕事はできるほうだった」
つぼみ 「だった?」
夢 「今はその、無職だから」
つぼみ 「むしょくかー。いいね。何色にも染まらず自由な感じで」
夢 「その無色じゃないぞ?」
つぼみ 「わかってます。いいなあ。うらやましい」
夢 「無職が?」
つぼみ 「無職が」
夢 「じゃあ、やめたら?」
つぼみ 「え?」
夢 「仕事」
つぼみ 「ムリだよ。今やめたらいろんなところに迷惑かけるもん」
夢 「つぼみちゃんはいい子だもんな」
つぼみ 「なにそれ、イヤミたらしい」
夢 「とんでもない。本心さ」
つぼみ 「そんな顔じゃない」
夢 「僕の顔、嘘つきなんだ」
つぼみ 「顔だけ?」
夢 「よし、じゃあサボろう」
つぼみ 「一緒でしょ」
夢 「違う。全然違う」
つぼみ 「何が違うのよ」
夢 「僕が君を勝手に連れ出す。だから君は何も悪くないし誰にも迷惑をかけない。迷惑をかけるのは僕。そして僕はこれを迷惑だと思わない。これでどう?」
つぼみ 「ムチャクチャ」
夢 「これもきっと神様の思し召しだよ」
つぼみ 「それで楽になれるの?」
夢 「なれるさ」
つぼみ 「野俣さん。いい顔、できてないよ」
夢 「僕の顔、正直なんだ」
つぼみ 「…期待して待ってる」

雨の中見つめ合う二人。
M:場転


7. 海・堤防沿い・午後5時・外
「吐露」

SE:雨の音
SE:波の音
傘を差して堤防沿いに佇む夢とつぼみ。

つぼみ 「ねえ、なに考えてるの?」
夢 「ん?」
つぼみ 「こんなところに連れてきて、黙ったままずっと」
夢 「ああ。知ってた?今の季節って半夏生っていうんだって」
つぼみ 「梅雨でしょ」
夢 「あーもう。せっかくの海なのに雨。むかつく。おい、梅雨、はやく明けろー!夕日に向かって走れないじゃないかバカヤロー!」
つぼみ 「バカヤローはあなたですよ。恥ずかしいから叫ばないでください。で、なんでしたっけ?」
夢 「そうだ、半夏生。由来がこの時期に咲く花の葉が、表半分だけ化粧してるみたいだから半夏生なんだと。おかしくない?」
つぼみ 「なこが?」
夢 「だって、人間なら表だけ化粧するのがふつうだろ?裏にしても見えないんじゃ意味ないじゃない。表だけでじゅうぶんだ。ってことは、表だけ化粧するのは、半化粧じゃなくて全化粧だと思うんだよね」
つぼみ 「そんなこと考えてたの?」
夢 「でも、ふつうじゃないなら裏にもするのかもしれない。裏にも化粧して完全武装。完全武装ってなんだか身動き取りづらそうな響きだね。とっても重そう」
つぼみ 「それ、どういう表情」
夢 「僕の顔、素直な顔じゃないんだ」
つぼみ 「知ってた」
夢 「君の顔も」
つぼみ 「…知ってた」
夢 「心配?」
つぼみ 「…」
夢 「今戻ったところでもう開演には間に合わないよ」
つぼみ 「わかってます」
夢 「それじゃあせっかくだし、このサボタージュを楽しもう」
つぼみ 「なにするの、こんな雨の日の海で?」
夢 「んー。しりとりでもする?」
つぼみ 「ばかなの!?」
夢 「のりの佃煮」
つぼみ 「しりとりはじめないで!」
夢 「いい顔してる」
つぼみ 「え?」
夢 「完全武装しなくたっていい顔できるんだよ」
つぼみ 「ムリ」

M:クライマックス
(C.O)
夢 「そんなことない。わかってるんだろ。君を強要してるのは君自身だ。築いたものが崩れるのを恐れて、人が離れていくのを恐れて、ミスのないように、完璧であり続けるように、いい顔をし続けてきた」
つぼみ 「でも、どうしようもないじゃない。私のせいでなくなってしまうぐらいなら、それなら、死んだほうがマシじゃない」
夢 「違うんだ。そんなことないんだ」
つぼみ 「そんなのわからないじゃない」
夢 「わかるんだよ、僕も君と同じだったから。何枚も何十枚も化粧を重ねて、楽になるために化粧していたのに、そのうち、それが苦しくなって。だから、壊したくなるんだ、楽になるために。でも楽になるためには塗り重ねるしかない…。そのうち、どれがじぶんの本当の顔かわからなくって。僕の場合は、壊したよ、この手で。積み上げたものぜんぶ」
つぼみ 「野俣さん」
夢 「知ってる?なんにもないんだよ」
つぼみ 「え?」
夢 「無職だと。まあ、僕は今、君の願いを叶えなきゃいけないんだけど。これは仕事じゃないからね。神様からの頼まれごとだから。でも、それがあるだけでだいぶ助かってる。それがなかったら…考えただけでもぞっとするよ。そう考えたら、君のおかげだな。感謝しなくちゃ」
つぼみ 「何勝手に…。仕事、好きだったの?」
夢 「いやあ。好きでも嫌いでもなかったかな」
つぼみ 「なにそれ。それなのに仕事したいの?」
夢 「飯食わなきゃいけないからな」
つぼみ 「それは…そうだけど」
夢 「ってのは建前。本当はそんなんじゃなくって。不安だったんだ。何かしてないと、自分には生きてる価値がないんじゃないかって」
つぼみ 「そんなこと」
夢 「ないんだ。生きる価値なんてじぶんで決める必要なんてない」
つぼみ 「私」
夢 「大丈夫。人生は途中からでも始められるし、失敗したって終わりじゃない。間違えたら謝ればいいし、ダメならダメで別の道がある。人生ミスたって死にゃしないしね。ほら、僕が証人だ」
つぼみ 「ごめんなさい」
夢 「大丈夫、行こう。終わりまでには必ず着ける」
つぼみ 「お願いします」

走り出す夢とつぼみ。
(F.O)


8. 神社・ベンチ・午後2時・外
「楽になる」

SE:風の音
ベンチに夢が座っている。
SE:足音
そこに歩み寄っていくつぼみ。

夢 「なにか?」
つぼみ 「アイス、食べます?」
夢 「あー、食べる。助かる」
つぼみ 「はい」
夢 「ありがと。(一口頬張って)くーっ、生き返るー」
つぼみ 「死んでたの?」
夢 「死にそうだよ、暑すぎて。やめてほしいよ、梅雨が明けたばかりなのにこの暑さ」
つぼみ 「死なないよ、このくらいじゃ」
夢 「んで、どうだった?」
つぼみ 「ぜんぶ野俣さんのせいにしてきた。彼氏にムリヤリ連れてかれて、逃げ出してきた。もう別れたし反省してるから許してほしい、って。事務所としても恋愛関係は表沙汰にしたくないだろうし、うまく誤魔化したみたい。ま、私は罰として下働きを仰せつかったけどね」
夢 「そりゃよかった。仕事があるのはいいことだ」
つぼみ 「野俣さんもはやく見つかるといいね、仕事」
夢 「そうだなあ」
つぼみ 「ありがとう」
夢 「ん?」
つぼみ 「おかげで楽になった。肩の荷が降りたよ。いや、顔の荷が降りた、かな。重っ苦しい半化粧、落とせたから」
夢 「感謝することないよ。僕はじぶんのためにやっただけだから」
つぼみ 「それでも、ありがとう」
夢 「さあて。神の使いはまだまだお使いがあるから働かなきゃな」
つぼみ 「ふふ。仕事じゃないんでしょ」
夢 「それでもやりがいはあるよ」
つぼみ 「ねえ、野俣さん。名前なんていうの?」
夢 「野俣だよ」
つぼみ 「じいーーーーーーーーーーーっ」
夢 「夢。野俣夢」
つぼみ 「夢。夢か。いい名前だね。それじゃ。バイバイ、夢さん」

駆けていくつぼみを見送る夢。


9. 神社・本殿・午後2時・外
「結末」

M:雅楽
神様が賽銭箱に頬杖をついている。
琴世が笹竹に七夕飾りを飾っている。
そこに夢がやってくる。
SE:賽銭の音

神様 「いたっ」

SE:鈴の音

夢 「(二礼二拍手一礼)」
神様 「罰当たりめ、神に賽銭を投げつけるとは」
夢 「僕は作法に則っただけですが?」
神様 「くぬぬぬ」
琴世 「はいはい、今のは神様が悪いですよ」
神様 「琴世ちゃん!琴世ちゃんだけはわしの味方じゃと思っとったのに」
琴世 「私は味方じゃなくて巫女です」
夢 「そういえば、今更だけど、琴世さんって神様のこと見えるんですね。宮司さんでも見えてないのに」
琴世 「コホン」
夢 「え?あ!あー、こ、琴世、ちゃん、神様、見えるんで、だね」
琴世 「はい」
夢 「昔から見えたの?」
琴世 「いえ、神様が初めてです」
夢 「僕と同じか。神様、なにか、理由があるんですか?」
神様 「知らん」
夢 「使えない神様」
神様 「神様じゃって知らんことぐらいあるわ!神様過信するでにゃあ!」
夢 「神様の台詞とは思えないけど」
琴世 「夢さん、お疲れさまでした」
夢 「え?」
琴世 「つぼみちゃんの件。神頼み、見事に果たしてくださいました」
夢 「…そうだ!神様、約束通り、僕の願いを叶えてもらいますよ」
神様 「仕方ないのう」
夢 「これで晴れて無職を卒業か」
神様 「では、次の頼みごとじゃが…」
夢 「ん?」
神様 「なんじゃ?」
夢 「いや、頼みごと」
神様 「じゃから、神頼み…」
夢 「そんなの頼んでない!」
神様 「何を言うか、おぬし、充実した顔しとったではにゃあか!」
夢 「給料、給料はいくらですか?週休は?保険はつくんですか?」
琴世 「御神前です、お静かに」
神様 「そんなもんあるわけなかろう」
夢 「ブラックだ!いや、ブラックどころじゃないあんた悪魔だ!」
神様 「神に向かって悪魔とは無礼千万!罰当たりめ!」
琴世 「御神前だつってんだろうが、静かにしろや!」
夢・神様 「「す み ま せ ん で し た」」
琴世 「コホン。夢さん。短冊に願いを書いてはいかがですか?さきほど、つぼみちゃんも書いていきましたよ。もしかしたら、神様じゃない神様が願いを叶えてくれるかも」
夢 「え、そうなの!?よし、神様じゃない神様に神頼みだ」
琴世 「社務所に短冊ありますから」
神様 「あ、卑怯な!待てい、書かせはせぬぞ!」
夢 「卑怯はどっちだ、神様のくせに」
琴世 「うん。いい顔してる」

M:メインテーマ

夢と神様が走って社務所に向かう。
琴世が飾られた短冊を手に取り眺める。

琴世 「夢さんが天職に就けますように、か。ふふふ」

琴世は七夕飾りの続きをする。

(終わり)

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