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たまたま話した農家のおばあちゃん

少しでも自転車を走らせようものなら汗で制服が透ける蒸しあつい夏も終わり、つるべ落としのように秋に変わろうとしている。
長袖を着ないとベッドから出られない朝。友人に起こしてもらいながら何とか体を歩かせ掃除に向かう。いつものようにご飯を食べ終わり、眠りにつく。
昨日の深夜に食べたニンニクの匂いで目が覚め、部屋に秋風を通した。
自然と体がエレベーターに向かい自転車置き場へと歩いていく。今日は、気の向くままにどこか遠くへ写真を撮りに行きたい。頭の仲を空っぽにできた。

ここに来て約半年だが知っているようで知らない景観が浮かび上がってくる。用水路を優雅に泳ぐコイや庭からあふれ出ているビワの果実たち。そして、黄金色に輝く稲穂の真ん中で腰を曲げながら稲刈りをするじいちゃん、ばあちゃん。

ふと気づくと私は何かに惹かれるように一人のおばあちゃんに話しかけていた。今年で88歳になるというおばあちゃんがおぼつかない足取りで私のそばに座りぽつりぽつりと身の上話をしてくれた。
 今もなお心臓が60代にも負けず劣らず元気なこと、今年で農家を初めて70年になること。後継ぎの男の子を産めなかった自分を今も悔やんでいることも。
時代背景が浮かび上がってくるおばあちゃんの過去。跡継ぎを産むことこそが女性の役割といわれていた時代を生きたおばあちゃんが私に教えてくれた。「夢」があるときが一番幸せなんだと。
 去り際の私におばあちゃんはこういってくれた。「雪が降る季節になったら、いつでも友達と一緒にきてください。ばあは一人ですから。」おばあちゃんはもう長らく人と話してなかったらしい。おばあちゃんのこの言葉には、沢山の感情や想い、過去が詰まっていると思う。

私が高校を卒業すると同時におばあちゃんは90になる。
誰のためでもない。ただ、おばあちゃんと一緒にご飯を食べお米を育てる。
「まだまだ、時間は沢山あるんだ。いろんなこと一緒にしようよ」
おばあちゃんがくれたスポーツドリンクを飲みながら話した昼下がりのあぜ道は少し思い出深く、そして未来の私の心にも刻まれているだろう。

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