日々のこと 0310
「書く」ということの目的は、伝えるため。
それと、整理するため。
ぼんやりしていたことが書くうちにずんずん整理され「あ、そういうことだったのかな」と思えてくる。
例えば、映画を見て、フワフワ舞っている断片をつかまえて言葉にする。
感想を書くと、とどめた気になる。たまに読み返す。定着しているのを見て安心する。でも、ここに書いたことは本当かな? と、時々思う。
書いてしまうと、終わってしまう。
私の中で続いていた映画は完結し、整理され、なんだかスッキリしてしまう。
スッキリしたくて書くのだけど、読み返すと「うん、そうなんだけど、でもそればっかりでもないんだよね~」とも思う。
こぼれ落ちたものはたくさんあるのに、書いたことだけが「正解」になる。時間が経てば経つほどに。
私は本当に忘れっぽく、なんでもかんでも忘れてしまう。CTが必要かもというレベル。誰かと映画の話をすると、みんなの記憶力にいつもビックリする。本当に私は3歩歩くと全消去のザルなのだ。
忘れないためには書かなきゃと思う。でも書くと、そこで何かが終わってしまう。しかも本当かどうか分からない。小さな感覚を大きく膨らませるサービス心も当然生まれている。
フワフワした感覚を、フワフワしたまま引きずりたい。終わらせずにダラダラ続けたい。大切に、細々と、あっためていたい。
言葉にできないものをできないまま、私の中で保存したいとも思うのだ。なるべく鮮度そのままに。
忘れていくし、終わっていく。
忘れない、終わらせないのは、抗うことだ。
それは相当むずかしい。
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