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イマーシブと建築

「イマーシブ」という言葉を、よく耳にするようになった。
イマーシブ、没入感とはなんなのだろうか。

はじめまして。建築家のケンシロウです。
最近よく聞くようになった"イマーシブ"
イマーシブや没入体験から新たな建築のあり方を考えるnoteをはじめてみた。
建築家の目線から"イマーシブ"について紐解いていこうと思う。

そもそも、“イマーシブ”とは


イマーシブ、Immersive、日本語訳すると「没入」と訳される。
おそらく、この言葉を見聞きしたことがある人は、次のどちらかに触れたのだろう。

・イマーシブシアター
・イマーシブ・フォート東京

「イマーシブシアター」と呼ばれる演劇の形式で公演された作品たち。
イマーシブ・フォート東京。電車広告でみかけることもあった。

イマーシブシアターとは、近年アメリカで流行し始めた、「劇を観る」のではなく、「そこに自分がいる」感覚を味わえる新たな演劇の形式。
たとえば、『泊まれる演劇』はホテル1棟まるごと使って行われる演劇で、自分もキャストと話せる、その名の通りの「泊まれる参加型の演劇」だ。

そして『イマーシブ・フォート東京』は、イマーシブシアターの持つ没入体験をテーマパークスケールで行ってしまおうという試み。

「(イマーシブ・フォート東京では)100人いたら100通りの体験をします。
一人一人が違う体験をするんですよ。」

森岡毅

他にも、日本国内では『イマーシブミュージアム 東京』や『DIVR IMMERSIVE ARENA』など、イマーシブの名を冠した施設やサービスが最近生まれてきた。

さらには、東京俳優・映画&放送専門学校では、2025年4月に「イマーシブシアター専攻」が開講される。

イマーシブシアター専攻ではイマーシブシアターを「演じる」「創る」ことが学べる。

このように、「イマーシブ」は非日常の世界へ没入する新体験として、特にエンターテイメント業界における新たなジャンルとして確立されつつある。

しかし。

"没入感"は他の空間にもある


イマーシブシアターが“イマーシブ”の走りではあるが、没入感というのは何も演劇やアート鑑賞に限った話ではない。

例えば、盆祭り。
暗がりの中で太鼓の音を体で刻みながら、老若男女が混ざって櫓を中心にして周り踊り続ける…。

例えば、スポーツ観戦。
あるチームを我がことのように応援し、チームが勝てば泣いて喜び、負ければ1日しょげてしまう…。

日常の中の没入体験。あなたは他に何が思いつくだろうか。

やったことがある人ならわかると思う。
普段とは異なる世界観、ルールに身を委ねていつもとは少し違う自分になるあの感覚。
これが没入だろう。

イマーシブは、私たちの生活の中にずっといた。
近年の“イマーシブ体験”とこれらの違いは、日常と非日常の距離感ではなかろうか。

イマーシブ体験は日常の遠い外側まで連れ出してくれる。

"イマーシブ体験"では勇者や探偵になれたり白亜紀へ行けたりする。
その日常と非日常の距離感が、盆祭りとは違うだけ。
日常生活から一歩外へ連れ出すという性質は同じであると考える。

では、イマーシブな体験を生み出している要素はどのようなものがあるだろうか。

イマーシブを生む3つの「S」


まずはじめに、没入体験かも?と思うものをできる限り並べてみた。

是非あなたもやってみてほしい。そして何が思い浮かんだか教えていただけると嬉しい。

そして、「没入体験」「没入体験になりうる」「没入体験ではない」の3つに分けてみた。

オレンジ:没入体験 黒:没入体験になりうる グレー:没入体験ではない

「没入体験ではない」ものに分類したもの(洗脳、移住)は、それが日常化してしまうものだ。
非日常を体験するには、日常がなくてはならない。日常そのものになってしまうと、それは没入体験とは言えないだろう。

「遊びは文化よりも古い」という言で有名なヨハン・ホイジンガはその著書
『ホモ・ルーデンス』の中で遊びを定義している。
その定義の中に、隔離された活動であること が述べられている。

遊びは、日常生活から一時的に分離された、特別に確保された空間と時間の中で行われます。この空間と時間は遊びのために予約され、そこでの行動は日常の活動から離れたものとなります。

ヨハン・ホイジンガ著 髙橋英夫訳
『ホモ・ルーデンス」

日常生活が存在することと隔離されながらも、「没入体験」が非日常とのブリッジの役割を果たしていると考えられる。

「没入体験になりうる」もの(料理、読書、入浴など)は、日常の範疇にあるが、その体験を構成する空間や環境、状況によっては非日常となるのではないかと考えているものだ。

そして「没入体験」に分類したもの(バー、登山、陶芸など)は、非日常へと一歩踏み出している感覚があるもの。ここで注意したいのは、この分類は主観のみによって成り立つという点だ。
たとえば私にとって陶芸は非日常だが、陶芸家にとっては日常だろう。
日常をどのように定義するかによって、没入体験の範囲も変化する。

東京生まれ東京育ちが歩く東京と、地方出身者が見上げる東京では没入度合いが異なる。
(筆者は北海道出身)

そのうえで「没入体験」に分類したものを概観すると、いくつかの要素が絡んでいる可能性が高いことに気づく。
そこで、イマーシブを生み出す3つの要素を次のように整理した。

イマーシブを生み出す3つのS

1.Sensation -五感-

五感を刺激することで、別世界にいるかのように知覚する没入感。
最近の最もわかりやすい例として、VR体験が挙げられる。
その他にも、音楽鑑賞やマッサージ・エステなどもこれにあたる。
美しい音楽を聴いて夢見心地になったり、
ヘッドスパに行って手の動きに全ての集中を注ぐような経験はないだろうか。
そしてそれは、どのような場であったか想像してみて欲しい。

2.Story-物語-

ある物語の一員になることで、その世界観へ没入することによる没入感。
イマーシブシアターがこの典型と言える。
従来の「客↔︎演者」の関係ではなく、「客=演者=その世界の住人」という構成をとることで、第四の壁を取り払う試み。

劇場には「プロセニアム・ステージ」と言われる舞台を額縁のように切り取る形式と、
オープン・ステージ」と呼ばれる客席と舞台に仕切りなどの境界がない形式がある。

オープンステージは客席と舞台という空間を一体化するという点で、演目の世界観と客を近づけたい場合に用いられる形式であるが、「イマーシブシアター」の登場により劇場形式に「別用途の建築の活用」などの新たな形式が生まれようとしている。

3.Step-行動-

夢中になって、そのこと以外考えられない行動による没入感。
例えばキックボクシングをやっているときは、殴る/避ける以外のことは全く考えられない。
また、瞑想は深く没入すること自体を目的としている行動とも捉えられる。
そしてその行動は、いきなり到達するものではなく、段階を踏むステップのように行われる。

このように要素へ分解してあらためてイマーシブ体験を捉え直してみると、イマーシブにはあらゆる広がりがあることがわかる。

そして、近年話題のイマーシブ体験は、複数の要素がかけ合わさったもの(ベン図中の重なり合いの部分に位置するもの)であると考えられる。

さて、これら3つのSは、どのようにして形づくり、デザインすることが可能なのだろうか。

4つ目のS、空間


イマーシブを生み出す3つのSを支え、デザインするための要素として、4つ目のS、Spaceがあると考えている。

3つのSは、Spaceのデザインによって補強される。

Sensation-五感-と建築

仕上げをどのように作るか、ドアノブや手摺りなど手の触れる部分はどのような感触か、どんな音が聴こえて、どんな匂いがするのか。など、空間を構成するあらゆるものが五感における没入要素となる。

しかしながら、視覚情報を重視する現代では、その他の感覚が軽視されることが多い。
ユハニ・パッラスマーによる『建築と触覚』では、近代建築が視覚情報優位な建築を産んできたことを指摘しつつも、建築には本来「五感を統合する」という役割があることをしてきている。

本書は示唆に富んだ様々な文が込められているが、本のカバーを取り去ったときの手触りが言語を介さない心地良さを持っている

イマーシブという単語のイメージから映像やVRといった視覚的なものを想像しがちだが、建築によって五感を用いた没入感を創出できると信じている。

Story-物語-の没入と建築

物語的な没入感で重要なのは、「人が集まる空間がある」ことと、「その空間の世界観を共有している」ことである。

世界観、言い換えるとルールやマナー、文化、常識を共有するからこそ、同じ物語を共有し没入できる。
同じ場所にいること自体が価値になるといえる。

そのような意味では、特定の用途かつ特定の趣味を持った人々が集まる場の価値が示唆に富んでいるといえる。
たとえば、株式会社カヤックが2024年8月23日〜9月30日の期間で限定開催し『LIQUOR GAMERS ROOM』では、「洋酒とボードゲームで人と人をつなぐ」をコンセプトに、ボドゲ好き・お酒好きの多彩なメンバーが参加するコミュニティを提供した。

『LIQUOR GAMERS ROOM』https://liquorgamersclub.jp/room/

特定の興味を持っていること、その文脈に全員が参加していることを空間が知らせている。

Step-行動-の没入と建築

行動的な没入感に至るには、その行動を阻害しない環境をつくる空間が必要である。そしてその行動を鼓舞したり共鳴するような空間が求められる。
行動によっては、必要な設備や備品もあるかもしれない。

ボクシングジムで落ち着いて茶をたてられる人間は存在しない

没入できる行動に至るには、その行動に即した適切な世界観と機能を空間が備えている必要がある。

没入感がある場所や施設は各地にある。
次回の記事からは、その各地へ実際に赴き、没入感がどのように成されているのかを紐解いていく。
そうして得られた知見を、世の中でまだ全く確立されていない、イマーシブな空間づくりに活かすことが目的である。

イマーシブな空間づくりの旅を共にしていただける方は、フォローいただけると旅路が賑やかになり大変喜ばしい。

それでは、また次回。

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