死ぬならがんで、ってどういうこと?
毎日フルタイム勤務と未就学児の育児に追われながらも時間を捻出して大好きな読書をしています。
最近は、高齢の父が将来介護を必要とした時に備えて予備知識をインプットしています。その中でとても面白い本との出会いがありました。
本書は、単身の高齢者がどうすれば病院や老後施設ではなく自宅で最期を迎えることができるか、について書いてある本です。
私も身内の中に自宅で死んだ人というと祖母1人くらいしか思い浮かばないなと思い興味を持って読みました。
自宅で死ねるって幸せなことだと思いますし、とても参考になる本でしたので興味のある方はぜひ読まれてみてください。
今回書くのはそのことについてではありません。
目次を見てめっちゃ気になったこの章題、
第1章 がんで死ぬのがいちばんですか
「がんで死ぬのがいちばん」ってどゆこと?と気になって読んでみると
少し救われた気持ちになったのです。
私は母をがんで亡くしています。
母はまだ50代でした。抗がん剤治療はきつそうで、発熱して家でしんどそうに寝ている母の姿や髪の毛が薄くなることが辛そうだったことを覚えています。
自分が死ぬかもしれないということが常に頭の片隅にあり、また末期だと分かってからはいよいよ自分の死が迫ってきていると言うときの母はとても悲しそうでした。
50代で認知症もなく意識がはっきりしているので、自分が死ぬなんてとても恐怖だったとおもいます。
終末期になってからは死が怖くて夜眠れなかったり、意識がなくなり始めてからは鼻・お腹・腕に注射や管を繋がれている母の辛い姿を思い出すのととても悲しくてたまらなくなるので母の死後は意図的に母のことを思い出さないようにしてきました。
しかし、なんと、
医師に「選べるなら何死がいいか」と聞くと、がんと答えるのだそう。
ふむふむ、確かに母もそんな感じでした。
末期と分かってからも自分で病院に行ったり、友達に電話をしたり、自分でおかゆを作ったりしていました。
そして死ぬ数日前まで意識があり、ゆっくりと苦しそうですが話すことができました。
そのためいよいよ自分の意識が遠くなってくることを認識した時に、突然これまで母が管理していた家のお金の説明をはじめました。
また兄が結婚を考えている女性に初めて会って会話をすることも出来ましたし、
母の父を病院に呼んで最後に顔を見ることが出来ました。
50代と言う若さで亡くなる事は、母もとても怖くて悔しかったと思います。そんな母がかわいそうで、がんにはマイナスのイメージしかありませんでした。
母の死後12年経っても改めて思い出すととても悲しくなるのですが、がんのイマージが変わって少し救われた気分になったので、同じく大切な人をがんで亡くされた方に伝えたいと思い書きました。
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