あの時の四番の一振りが、私をファイターズファンにした。

この記事は文春野球フレッシュオールスター2020応募のため、2020年8月に書いたものです。
華麗に選外でしたので、供養のためにこちらに掲載させていただきます。


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野球なんて大嫌いだった。
私が子どもだった80年代、野球はいつもテレビで放送されていた。クラスの男子の多くが地域の少年野球チームに入っていたし、野球選手の下敷きを自慢し合っていた。どこかのチームを応援していて当然、選手名は一般常識。まだJリーグはなかったし、スラムダンクの連載も始まっていなかった。そうつまり、スポーツといえば野球が中心だった時代だ。
そういう空気の中で育つとどうなるかというと、ルールを教わるきっかけがないのだ。知らないことを知らないと素直に言えない多感な少女期真っただ中だった私は、そんな時代のおかげで野球嫌いになった。なんだよ、みんな野球野球って、世界の中心みたいに騒いじゃってさ。こうして、打ったボールが飛んだ時、客席もアナウンサーも盛り上がる時とそうでない時の違いがわからないまま、私は大人になった。

そんな私がなぜ今、野村選手の初ホームランに震えるのか。上沢投手の復帰登板に涙を流すのか。栗山監督の600勝に拍手を送るのか。
答えは簡単だ。私の中心がファイターズになってしまったからだ。

彼氏が北海道出身だという単純な理由でファイターズ戦を見るようになった。これほどわかりやすい入口も珍しい。球場の入場ゲートもこれくらいわかりやすいと助かるのだけど。そんな私が野球を楽しむために、まずは誰か応援する人を決めようと思ったのだ。そして目を付けたのが、中田翔選手だ。だって身体も大きいし背番号が私の誕生日と一緒で覚えやすいし、登場すると客席も盛り上がるから。聞けば「四番」というやつで、打つことを期待されている選手なのだそうだ。背番号は6番なのに「四番」って何で?まぁいっか。じゃあこの人にしようかな、とりあえず! 「とりあえず」でファイターズの大スラッガーを気軽に応援し始めたのはどうかと思うが、しかしよく選んだな、当時の私よ。近藤選手の選球眼くらい、よく見た!
これが2017年。唯一見分けがつくようになった中田選手を応援しながら、彼氏に「今のなんでアウトなの?」「どうして一塁に投げたの?」などいちいち質問し、野球を覚えた。彼の集中は幾度となく削がれただろうが、おかげでここにひとりの野球ファンが出来上がったのであった。でも正直に言うと、その頃は野球そのものよりも「野球に興味のなかった自分がファイターズを応援している」という、自分自身の変化を楽しんでいるほうが大きかった。

しかし2019年の開幕戦。もう完全に私の心は中田選手に、そしてファイターズにがっちりと掴まれてしまうことになる。
その試合はファイターズファンには今さら説明不要だろうけれど、衝撃的だった。延長10回、3対3の同点。ここまでの中田選手は期待される場面で登場するけれど、打てていなかった。登場曲、拍手と大声援、応援歌。しかし、その後には球場に満ちるため息、中田選手の悔しそうな顔。そして10回裏にも中田選手に打順は回ってきた、非常に屈辱的なかたちで。前の打者二人が敬遠されて、満塁での出番。この頃には私も敬遠の意味がわかっていたし、そこで四番が迎えられる意味も、わかっていた。私は怒ったし、誰よりも中田選手が一番、怒っていた。あんなにもテレビ画面から静かな怒りが伝わってくることはそうないだろう。我らが四番・中田翔選手は怒った。そして、完璧なホームランをスタンドに打ち込んだ。嘘だろ、マンガかよ。これが四番か。これがファイターズの四番か!興奮する実況、大歓声、私の全身の鳥肌。はちゃめちゃな盛り上がりでファイターズの選手たちが帰還する中田選手を迎える。四番打者のきらめきとそれを祝福するチームメイトたちの眩しさに、私は虜になった。
今でも、このシーンを思い出すと心拍数が上がる。鳥肌も立つし、なんならちょっと涙だって出る。あれで私に「四番」が刻みこまれた。つねに期待される重圧を背負って立ち続ける、四番という役割。どれだけの努力と孤独のうちに成り立っているのだろうか。ファンの希望を問答無用で託され、重くないか?辛くないか?でもごめんね、やっぱり託すよ、いろんなものを。だって見たいもの、ファイターズの勝利を。もちろんわかってる、全員で繋いでこそのファイターズだ。誰か一人が活躍すればいいってもんじゃない。だけど、だけど。やっぱり私たちは「四番」に期待するし、祈ってしまうんだ。勝負を決める一振りを、待ってしまうんだ。

そして2020年、もう私はキャンプからファイターズ全員が気になって仕方がない。西川選手はどのようにチームを引っ張っていくのだろうか。四番を打ちたいと宣言した大田選手は調子がいいな。堀投手はどんなシーンで投げるのだろうか。万波選手や今井選手も元気だな。こうしてわくわく待った開幕まで、長かった。今年の野球の季節は少し短いけれど、待った分、全力で並走しよう。四番のきらめきを、ファイターズの選手たちの輝きを、しっかりと目撃したいんだ。

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